第72章 悋気
「緑間、食事が終わっているなら、少しいいか」
声のする方向に向き直ると、そこには、いつの間にか私服に着替えた赤司さんの姿。
バイクに乗っている人が着そうなデザインの漆黒のコートが、良く似合っている。
……洋服は涼太の方が詳しいから、彼ならあのデザインの名前も知っているんだろうけど……。
「ああ、もう終わっているのだよ。……高尾」
「はいはい、んじゃおふたりさん、俺たち先に行くわ。またなー」
以心伝心といった2人の会話に驚く。
怒られてしまうかもしれないけど、2人はそこら辺の恋人同士よりも通じ合っているような……。
「あ、ありがとうございました! また!」
慌てて高尾さんに手を振り返すと、彼は白い歯を見せて、春風のような微笑みを返してくれた。
「ああ、黄瀬、神崎さん。
青峰と桃井は先に帰ったよ」
「え?」
赤司さんの、その言葉の意味って……
「桃井が、神崎さんによろしく伝えて欲しいと。またメールすると言っていた」
「そうですか……ありがとうございます!」
それは、2人が仲直り出来たという何よりの知らせ。
仲直りどころか、もう一歩踏み出した関係に……?
さつきちゃんからのメールが楽しみ。
「オレは送迎車の手配をしてくるから、また後ほど」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
入り口の障子のような扉が閉まると、食事処には涼太と私のふたりきりになった。
静かすぎて、耳が痛い。
誰にも見えない所で繋がれた手が、熱を持ってしまっているかのように、熱い。
「……みわ、今日このあとさ、オレの実家に来ない?」
「え? ご実家に?」
「姉ちゃん達、毎年年末年始で旅行に行くの、味しめたみたいで、また行ってるんス。
みわにお土産渡したいから、来て貰えってウルサくてさ」
「あ、え、あの、うん」
「……はは、そんなキンチョーしないでよ。
流石に家族がいるトコでとって食ったりしないっスよ」
「……うん」