第71章 悋気
「緑間、食事が終わっているなら、少しいいか」
声のする方向に向き直ると、そこには、いつの間にか私服に着替えた赤司さんの姿。
バイクに乗っている人が着そうなデザインの漆黒のコートが、良く似合っている。
……洋服は涼太の方が詳しいから、彼ならあのデザインの名前も知っているんだろうけど……。
「ああ、もう終わっているのだよ。……高尾」
「はいはい、んじゃおふたりさん、俺たち先に行くわ。またなー」
以心伝心といった2人の会話に驚く。
怒られてしまうかもしれないけど、2人はそこら辺の恋人同士よりも通じ合っているような……。
「あ、ありがとうございました! また!」
慌てて高尾さんに手を振り返すと、彼は白い歯を見せて、春風のような微笑みを返してくれた。
「ああ、黄瀬、神崎さん。青峰と桃井は先に帰ったよ」
「え?」
赤司さんの、その言葉の意味って……
「桃井が、神崎さんによろしく伝えて欲しいと。またメールすると言っていた」
「そうですか……ありがとうございます!」
それは、2人が仲直り出来たという何よりの知らせ。
仲直りどころか、もう一歩踏み出した関係に……?
さつきちゃんからのメールが楽しみ。
「オレは送迎車の手配をしてくるから、また後ほど」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
入り口の障子のような扉が閉まると、食事処には涼太と私のふたりきりになった。
静かすぎて、耳が痛い。
誰にも見えない所で繋がれた手が、熱を持ってしまっているかのように、熱い。
「……みわ、今日このあとさ、オレの実家に来ない?」
「え? ご実家に?」
「姉ちゃん達、毎年年末年始で旅行に行くの、味しめたみたいで、また行ってるんス。みわにお土産渡したいから、来て貰えってウルサくてさ」
「あ、え、あの、うん」
「……はは、そんなキンチョーしないでよ。流石に家族がいるトコでとって食ったりしないっスよ」
「……うん」