第72章 悋気
「ずっと、悩んでたの……わたしは本当は今、誰の事が好きなのかって。
あんなに、テツ君テツ君言ってたのにね」
さつきちゃんは、自嘲めいた口調でそう言った。
「それは……その時の気持ちだって、本物だったと思うよ。責めなくて、いいと思う」
むしろ、黒子くんの事だって、本気で好きだったから悩んだんだろう。
悩んで悩んで、苦しんで。
その気持ちに正解不正解はないよ。
「ありがとう。本当の気持ち……今まで、もしかしたらってうっすら思ってた気持ち……気付いちゃった。大ちゃんが誰かと付き合うなんて、耐えられない」
「さつきちゃん、良かった」
これで、青峰さんともうまくいくはず。
だって、2人は両思いなんだから。
「でも……大ちゃんには、もう嫌われちゃったかもしれない。
さっき、思い切りひっぱたいちゃったし」
そうだ。
温泉での出来事。
青峰さんは、何にもなかったって言ってたけど……。
「さつきちゃん、温泉で何があったの?
どうして、青峰さんを叩いたの?」
さつきちゃんは、俯いてしまった。
僅かに耳の端が赤くなっている事に気づく。
「混浴なの……知らなくて、露天風呂で大ちゃんと会って……そしたら、誰か来る気配がしたの。それで、咄嗟に隠れて」
ここまでは、青峰さんの話と同じだ。
「大ちゃんが、こ、こうやって、隠れたから……」
さつきちゃんのジェスチャーから察するに、青峰さんに後ろから抱き締められたカタチになったようだ。
青峰さん、さつきちゃんが他から見えないようにして隠れたんだろう。
それも多分、青峰さんは本当に無意識に、記憶もないくらい自然に。
「……それで?」
「だ、大ちゃんが、髪の匂い嗅ぐみたいに、こうやって鼻先を、す、スリスリってするから、なんかどうしたらいいか分からなくなって」
……青峰さん?
「こう、クロスした腕が、む、胸に当たってるし、なんか本当に、どうしようって混乱しちゃって」
……青峰さん、どこが"何もしてない"のでしょうかっ!!!?