第72章 悋気
ーーあれは、数時間前。
「桃井、神崎さん。悪いが、年越し蕎麦を運ぶのを手伝ってくれないか?」
赤司さんからそう依頼されて、体重を受け止めてくれる柔らかい廊下をさつきちゃんと2人で歩いている。
目的地は厨房。
年越し蕎麦を取りに行って欲しいっていう赤司さんからのお願いだけど……
……不自然、じゃない?
この高級旅館は、文字通り至れり尽くせり。
私たちは洋室だから分からないけど、和室にはきちんとお布団が敷いてあったし。
合宿所とは違う、ちゃんとした旅館だ。
食事が終わって戻ったら、テーブルの上には冷えた果汁100%の生ジュースや、フルーツの盛り合わせが置かれていた。
そんな中、年越し蕎麦はセルフサービスで取りに行く……しかも女性に任せる、と言うのは赤司さんらしくないというか。
ううん、もしこれが本当でも、文句がある訳じゃないんだけど。
こんなに良くして貰っているんだから、何かお手伝い出来る事があるなら、積極的に手伝いたい。
けど、やっぱりとんでもない違和感……。
「……みわちゃん」
一瞬、さつきちゃんの声とは気づかなかった。
その冷え切った声に背筋が薄ら寒くなるのを感じながら彼女を見やると、普段血色の良いその肌は真っ青だった。
「……さ、つきちゃん?」
「大ちゃんに、告白……された?」
「……え?」
今、疑問形だったよね?
「みわちゃんだから……ハッキリ言うね。さっき、2人が一緒に居るのを、部屋から見ちゃったんだ」
「えっ!」
そうだったのか。
まさか、あれを見られてしまっていたなんて。
さつきちゃんの顔色が悪い理由が分かった。
「ごめんね、さつきちゃん。違うの。
誤解させちゃったかもしれないんだけど、あれは事故で」
慌てて事情を説明しようとすると、さつきちゃんは緩やかに首を横に振った。
「ううん、ちゃんと見てたよ。
みわちゃんが躓いて、大ちゃんが支えてくれただけだって」
良かった。
誤解させちゃった訳じゃなさそう。
……でも、じゃあこの曇った表情の理由は?