第72章 悋気
……未だに頭がついていかない。
勘、違い?
キス、じゃなかった、って?
「……マジ……で?」
それが本当なら、どれだけいいか。
そんな、マンガみたいな展開、ある?
でも……みわは、そんな事するような女じゃ、ない、よな?
……もー……マジっスか……
張り詰めていた糸がプツンと切れたみたいに、身体中から力が抜けていく。
軟体動物になってしまったかのように力が入らなくなった身体はズルズルと水底に吸い込まれていき、気付けば顔の半分が湯に沈んでいた。
「涼太! 大丈夫……!?」
みわが、必死にオレを引き上げようとしてる。
その姿は、いつもの彼女で。
……オレが、勘違いしてただけ?
再び頭の中でそう呟くと、文字の欠片たちがグルグルと脳内を駆け巡って、笑いが込み上げてきた。
「涼太? 平気? お湯、飲んでない?」
「は、はは……オレ、バカっスね、勘違いとか……」
ひとの気持ちなんて、いつかは変わる。
気持ちがオレから他に変わったのを見て、『ほら、やっぱりね。最初から分かってたし』って言うことで、自分のココロのバランスを取ってたんだ。
そうやって予防線を張って、傷付かないように、必死で。
大して好きでもない女相手だって、ずっとそうやってきた。
こんなにも惚れたみわのような相手は初めてだ。
正直、どうしたらいいか全然わかんない。
みわは、今までの女とは違う。
オレの事だけを、ずっと見ていてくれる。
そう信じたいのに、信じ切れてない自分がいる。
じゃあ、どうすれば満足なんだよ。
みわをこの手で殺せば、オレだけのものになる?
そんなアブナイ事まで考えそうになる。
皆、どうやってこんな確証のないものを信じてんの?
オレはこうやってずっと、相手を信じられないままなんだろうか?