第72章 悋気
誰も……来ないって……
「え……なんでそんなコト分かるんスか?」
みわの様子がおかしい。
オレを掴む腕の力は相当だ。
全力、って感じ。
「涼太……帰っちゃいそうだったから……
赤司さんに頼んで、ふたりきりにして貰ったの」
「いやふたりきりって、風呂っスよここ」
確かに、風呂から出たら先に帰ろうと思ってた。
それにしたって、風呂って。
裸なら逃げられないだろって?
……赤司っちなら言いそうっスね……。
「どうしたらいいか、分からなくて、とにかく話、聞いて欲しくて」
みわの肩……震えてる。
みわの必死さが痛いほど伝わってくる。
「……なんスか?」
何の話?
青峰っちとのことっスよね?
正直、聞きたくない……けど、みわのこの気持ち、無視したくない。
腹、括るか。
「聞いて、くれる?」
「聞くっスよ、さっきはごめん」
みわは驚いたように目を見開いて、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいの、謝らないで。
あのね、涼太っぷしゅん!!」
盛大なみわのくしゃみで、一瞬時が止まったかと思った。
当たり前か。
2人とも、足だけ浸かってる状態だ。
かなり寒い。
「ご、ごめんなさい、私」
「ぷ、とりあえずさ、誰も来ないっていうなら、風呂入るっスか?」
「……うん……」
顔を染めて恥ずかしがるみわと並んで湯に浸かる。
「はー……気持ちいいっスね……」
「そうだね……」
顔にはビシビシと冷気が吹き付けるのに、身体はこれ以上にないほどポカポカしている。
この対比がなんとも言えないんスよね、露天風呂って。
こたつでアイスクリームを食べるあの感覚だろうか。
違うか。
しかし、このオイシイシチュエーション。
気まずい状態じゃなければ、イチャイチャする楽しみがあるのに……。
ふと、左の二の腕に、柔らかい感触。
みわが、縋るように身を寄せてきていた。