第72章 悋気
瞼の向こう側が、突然明るくなる。
驚いて目を開けたけれど、眩しすぎて前が見えない。
カーペット張りの床を踏みしめる音が微かに耳に届く。
誰かが、電気を点けたんだ。
涼太が、戻って来た……?
「うお、何してんだよ神崎」
段々と、焦点が合ってくる。
光に包まれた視界は徐々に色付いてきて……
その声は。
「……あおみね、さん?」
部屋に入ってきたのは、青峰さんだった。
旅館の浴衣姿は相変わらずだけれど、頬の赤みは消えている。
「……ビビった。部屋間違えたのかと思ったぜ」
「あ、私……寝ちゃってて……青峰さん、どうしたんですか?」
どうしたもこうしたも、彼の部屋なんだから戻って来るのは何らおかしい事ではないのだけれど、突然の出来事に、脳みそはまだ暖機運転中だった。
「いや、ケイタイ取りに来ただけ」
そう言って、大きな手はベッドサイドのテーブルに置いてあったスマートフォンを掴んだ。
「青峰さん、涼太は今、どうしてますか?」
若干の時間差があって、スマートフォンの画面に落としていた目線はこちらに向けられる。
「ん? 黄瀬のヤツなら、赤司んトコでオレたちとカードやってたけど」
それを聞いて、ホッとした。
皆と険悪になるようなことにはなってないみたいだ。
「具合でも悪いんかよ。目、真っ赤だぞ」
「目……?」
咄嗟に触れてみたけれど、特に異常はない。
でも、確かに目元が熱い。
さっき、泣いたからだ。
この頭痛もそのせいだったのかも。
「……黄瀬となんかあったのか?」
いつもの飄々とした表情が、訝しげなものに変わる。
本気で、心配してくれている顔だ。
涼太の友人は、彼に負けず劣らず優しい。
……友人、って軽い響きではおさまらないかな。
彼らは、運命的なもので引き寄せられて、必然的に強い絆で引き合い、結ばれている気がする。
……羨ましい、な。
ふと気づく。
こうして、青峰さんとふたりきりでいたら、また誤解されてしまうんじゃない?
それに……
「青峰さん、夕方の事……涼太に話しましたか?」
「いや? 話してねーけど」
「……そうですよね。すみません、私先に戻ります」
考えすぎかな。
夕方の事じゃないかもしれないし。
急いで部屋を出ようとしてドアに向かうと、いつの間にかそこにいたひとと、目が合った。