第72章 悋気
ふっ、と意識が浮上する。
暗い所に沈んでいたものが、ふんわりと浮かんでくるような……。
お昼寝でもしていたかのような感覚。
これ、何度か味わった事がある、かも。
まだ、目は開かない。
少し、頭が痛いな。
目元が、熱いし……。
そんな風に思っていると、温かい何かが私の頭に触れている事に気がついた。
誰かが……撫でてくれてる?
私、そもそも……どうしたんだっけ?
恐る恐る薄目を開けると、目の前には細かい星々が散らばっている。
……あ、これ……旅館の浴衣だ。
この匂い、知ってる。
この体温も、よく知ってる。
涼太……。
反射的に、その大きな身体に腕を回した。
あ……
しっかりと抱きついてから、先ほどまでの事を思い出した。
そうだ、さっき……
頬に熱が集まるのが分かる。
さっきの、意地悪な涼太はなんだったんだろう……。
寝ぼけて、つい抱きついちゃった……。
涼太、私に怒ってた、よね?
無神経に、こんな事してまた怒らせちゃう?
でも、私を撫でるこの手は、とっても優しい。
私、涼太しか……涼太しか見てないよ。
誰と話したって、好きなのは、大好きなのは涼太だけだよ。
どうしたら伝わる?
私だって、さっき涼太とさつきちゃんが仲良さそうに歩いているのを見て、すごくモヤモヤした。
大好きな2人にそんな事思いたくないのに、すごく悲しくなった。
さつきちゃんと少し話す時間があったから、今はそんなに気にしていないけど……。
私、今からこんなので大丈夫かな。
卒業して、新しい世界に飛び込んでいく涼太をどういう気持ちで見守ればいいんだろう。
微かに、涼太の吐息を感じる。
目は開けないままその気配を受け取っていると、不安な気持ちが薄らいでいくよう。
コンコン、とノックの音。
誰か……来たみたい。
大きな胸がするりと離れて、涼太は行ってしまった。
話し声は聞こえない。
誰が来たの?
パタンとドアが閉まる音がして、人の気配がなくなった。
涼太は行ってしまったらしい。
まだ、少し身体がだるい。
ベッド上質なスプリングに体重を全て預け、再び意識を深みに沈めていった。