第72章 悋気
旅館の浴衣、こんな柄だったんだ……無造作なストライプ模様なのかと思っていたら、その線は細かい星々で描かれている。
綺麗な、流星柄だ。
何度目だろう、こうして彼の胸に顔をうずめるのは。
素肌を覆った薄い浴衣の上から、浅く上下する胸の奥にある、心臓の鼓動を感じる。
幾度となく、熱を交わし合った。
この熱に纏われるだけで、こんなにも落ち着かなくて、これ以上になく落ち着く。
でも……
何、どうしたの……?
「黒子っち」
その温度の低い声に驚いてびくりと肩を震わせると、宥めるように、私を包む腕に力が入る。
「なんですか?」
何、何を言う気……?
涼太の表情を確認しようと顔を上げると、大きな手が私の両耳を覆った。
涼太が、口を動かしている。
その顔は真剣そのもの。
その声は私に届かない。
その代わりに、耳に入ってくるのはゴー、という音。
これ、筋肉が収縮する音、なんだっけ……
そんな事をぼんやりと考えているうちに、外界の音を遮断していた手が離される。
なに?
何を話していたの?
「みわ、いこ」
今度は肩をグッと掴まれ、今来た方向へ向き直った。
ちょっと、ちょっと待って。
なに、急に?
こんないきなり、黒子くんに申し訳ないじゃない。
「く、黒子くん!」
辛うじて振り返ると、彼はまた、いつものように優しく微笑んでいた。
「大丈夫ですよ、みわさん」
「みわ」
少し苛立ったように名前を呼ばれ、視界を遮るように包まれる。
……涼太、何か……怒ってる……?
こうなったら、抵抗は無駄だ。
「ごめんなさい、黒子くん!
あと、よろしくお願いします!」
黒子くんの姿はもう見えないけれど、それだけ伝えると、強引な腕に身を任せた。