第72章 悋気
「……さっき、赤司君たちとそんな事を話してたんですか」
「うん、そうなんだ……」
人気のない廊下を、2つの影が通り過ぎていく。
私の隣を歩くのは……黒子くん。
初めて会った時よりも、大人っぽくなった気がするのは、私服のせいかな?
こうして、ふたりきりで話すのはいつぶりだろう。
「なんだか、楽しいな。
こんなに大人数で年越しパーティーみたいなこと、したことないから」
最初にキセキの皆と会った時のように、顔と名前が一致する程度ではなく、友人、と呼んでいい距離にまで近づけている気がする。
……のだけれど、皆はどう思ってるんだろう。
「そうですね、僕も初めてです」
「お蕎麦も、すごく美味しかったね」
そんな他愛もない事を話しながら歩いていると、カーペットを強く踏みしめるような音が後ろから聞こえてくる。
この歩幅、テンポは……
「みわ!!」
浴衣姿で廊下を走る涼太の姿が見える。
翻る裾から覗く足は、1年生の頃よりずっと逞しくなって、怪我も少なくなった。
体幹のブレがない、キレイな走り方……。
彼がそこに立っているだけで、ただのカーペットが、映画祭のレッドカーペットのように見えてしまうのだから不思議だ。
でも、その表情は強張っていて……。
「……どうしたの? 涼太」
「何の用ですか、黄瀬君?」
さすがに、涼太は息ひとつ切れていない。
歯を食いしばりながら耐え抜いたトレーニングを思い出す。
弱音ひとつ吐かず、お得意の軽口のひとつも叩かずに、黙々と自らを追い詰め、鍛える姿はただただ、美しかった。
このひとの姿を見るだけで、こんなにも沢山の想いで溢れてしまう。
「……悪いけど、黒子っちにみわは渡さねぇから」
……え?
大きな手で腕を掴まれた……と思ったら、次の瞬間には視界が一色に染まっていた。