第72章 悋気
壁にかかっているアンティーク風の古く立派な時計を見ると、秒針は午後6時を指していた。
きっと、この時間に照明が点く設定になっているんだろう。
遥か前方に見える門扉のような所の灯篭にも明かりが灯った。
ぼんやりと浮かび上がる景色が、この旅館がオレたちのような高校生が泊まるような気軽なものではないと認識させられる。
そして……
抱き合っているみわと青峰っちを照らすかのように、2人の上の照明が点いた。
ここから表情を窺い知る事は出来ないが、
その顔は重なって、……いる。
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
みわが、他の男と抱き合い、キスをしている姿が、こんなにも……
気付けばオレは、クラクラする頭を押さえ、逃げるようにその場を去っていた。
見ていられなかった。
追及なんて、出来るわけなかった。
「あ、……きーちゃん」
桃っちが、部屋の前でドアにもたれかかるようにして立っている。
その顔は、青ざめているように見えた。
「どう……したんスか、大丈夫? 桃っち」
「きーちゃんこそ、なんか凄い顔してるけど」
顔の表情筋が動いてないのが分かる。
完全に笑顔は引きつってるだろう。
「きーちゃん、夕飯の時間だって。行こうよ」
「みわを待たなくていいんスか?」
みわの名前を出した途端、さっきの光景が鮮明に脳内再生された。
今頃、どうしているだろう。
どうしてオレは、逃げたんだろう。
「うん……いいの。今は、会いたくない……かな。
きーちゃんは、大ちゃんを待つの?」
青峰っちを『待つ』という表現が気になった。
どうして青峰っちが部屋にいない事を知っているのか。
……桃っちも、あの2人の姿を見てしまったんだろうか。
それを確かめるという事は、自分の首を絞めるという事だ。
それだけは、したくない。
「……いや、待たないっスよ。
行こっか、桃っち」
力なく微笑んだ桃っちと、食堂へ向けて歩き出した。
心なしか、慰め合うように寄り添うようにして歩いていた。