第72章 悋気
無言で、廊下を歩く。
床は質の良いカーペットのようなものが敷かれていて、足音は響かない。
彼と私ではかなりの身長差があるのに、2人の距離は広がらない。
歩幅を合わせてくれているんだろう。
青峰さんは、客室がある方向とは真逆の通路を歩き、日本庭園のような造りになっている中庭のような場所へ出た。
どうやら、位置的にはちょうど宿の裏側のようで、遥か前方に見える裏門からは、黒っぽい車が出て行くのが見える。
それにしても、寒い。
上着も何も持たずに来たから、年末のこの寒さは体にこたえる。
「……わりぃな、寒いだろ」
「あ……いえ、大丈夫です」
普段、涼太と話す時の彼とは全く異なる素直な言葉に、キョトンとしてしまった。
「……」
「……」
沈黙。
立ったまま寝ているのか、起きろ、と喝を入れるかのように、冷たい風がビシビシと頬を打つ。
沈黙を破ったのは、青峰さんだった。
わしゃわしゃと頭を掻き、苛立った様子。
「……クソ、うまく言えねー」
「何か、相談でも……?」
「いや、相談っつーか……」
煮え切らない返事だ。
さつきちゃんのこと、だよね?
青峰さんが話さないのなら、私から聞きたい。
「……青峰さん、私、青峰さんに聞きたい事があるんです。さつきちゃんに、何したんですか!?」
戸惑うように揺れていた青峰さんの肩が、ピタリと静止した。
「……さつき、なんか言ってたのか」
この暗さで、顔色の変化までは読み取れない。
でも、その声色ははっきりと変化を見せた。
……恐る恐る、という表現が一番近いだろうか。
「言ってないですよ……何も言ってくれないし、様子がおかしいから……」
「……そうか」
「青峰さん、誤魔化さないで下さい。
さつきちゃんに、何したんですか」
「してねーよ」
「は……? なんか、さつきちゃんにいやらしい事でもしたのかと」
「出来るかよ、んなこと。
出来たら苦労しねーよ……」