第72章 悋気
「さつきちゃん、立てる? 大丈夫?」
「あり、がとう……」
私の手を取って立ち上がったさつきちゃんは、タオルの胸元をぎゅっと握ったままふらふらと歩き、休憩用のベンチに腰掛けた。
「さつきちゃん、あのね、赤司さんから言われたんだけど、18時までここ、混浴なんだって」
さつきちゃんの肩がびくりと跳ねた。
「あ、そ、そうなんだ……」
「大丈夫? 誰かに……会った?」
「……ううん、会ってないよ! 私ちょっと、逆上せちゃったみたい! 先に上がるね!」
そう一息で言うと、さつきちゃんはおぼつかない足取りで着替えを入れたカゴから浴衣を取り出し、乱暴に羽織って脱衣所から出て行った。
青峰さん……さつきちゃんに、何したの!?
今までは青峰さんの事、応援してた。
でも、さつきちゃんを傷つけるような事をするのなら、黙って見ているわけにはいかない。
さつきちゃんを傷つけるのは、たとえ青峰さんだって、絶対に許せない!
自分でも、血が沸騰したかのように興奮しているのが分かる。
こんな気持ちで、更に混浴の温泉になんて入る気は起きず、カゴに入れた自分の荷物を持って、脱衣所を出た。
桃色の暖簾をくぐると、前方に……
涼太よりも少し高い身長に、鍛え上げられた筋肉。
その目は最初に会った時より、優しいものになっている気がする。
その肌は日焼けしているのか、それとも地が黒いのか……いつ会っても色が黒いところを見ると、後者なのだろうか。
頬はまだ、赤い。
「青峰さん……」
「よお、神崎。ちょっといいか?」
その神妙そうな、泣き出してしまいそうな顔つきに、先ほどまでの怒りは何処へやら。
私は頷き、彼の後をついて行った。