第72章 悋気
館内履きのスリッパのせいでもつれる足を……スリッパのせいだと思いたい……フル回転させて脱衣所の入り口に到着すると、右手にある男性用脱衣所から、大きな人影が現れた。
その高校生離れした体躯は……
「……あれ……紫原さん?」
紫原さんだ。
浴衣姿で、手には衣類を持っているところから、彼も入浴していたのだろうか。
「神崎ちん、なに〜?」
今年のインターハイに会場で会った時に呼ばれた『神崎ちん』という呼び方。
知人として認識してもらえてるみたいで、なんだか嬉しい。
……じゃなくて。
「紫原さん、青峰さんと一緒だったんですか?」
青峰さんがお風呂から戻ってきてから、そんなに時間は経ってないから、顔を合わせているはず。
もしかして、紫原さんもさつきちゃんに会った?
そこでトラブルになった?
そう思ったのに、紫原さんは予想外の返答をした。
「峰ちん? カゴに着替えがあったから誰かいるのかと思ったけど、中には誰もいなかったけど?」
「え……」
「でもオレが上がったら荷物もなくなってたから、洗い場にでも行ってる時に行き違ったんじゃない〜?」
「えっと、他に……誰かいませんでしたか?」
「だから、中には誰もいなかったってば〜」
「そ、そうでしたね……すみません」
どういう事だろう。
紫原さんは2人に会っていない?
でも、青峰さんのあの頰……
青峰さんとさつきちゃんが
会ったのは確実だ。
「すみません、私行きますね」
訝しげな表情の紫原さんにぺこりとお辞儀をしてから、脱衣所へと足を踏み入れた。
「さつきちゃん!」
白い壁に囲まれ、広く清潔な脱衣所を見渡すと、洗面台の前でタオルを体に巻いたまま、座り込んでいるさつきちゃんが目に入った。
「みわちゃん」
その表情は、惚けているようにも見える。
「さつきちゃんごめんね、遅くなって」
「あ、うん……」
さつきちゃんは立ち上がらない。
「さつきちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
差し伸べた手に触れた細い手は、震えているように感じた。