第71章 悋気
「アイツ、タオルも何も持たねーで入ってやがるからよ」
「だって、タオルを持って入らないのはマナーですから……」
「さつきと同じ事言うんじゃねーよ、分かってんよ、ンな事ぁ」
ああ、つい話が脱線してしまう。
段々分からなくなってくる。
何を話したかったんだっけ?
「そ、それで?」
「なんでここにいんだって話してたら、男の内湯から誰か来るのに気付いて、咄嗟に隠れたんだよ」
「……青峰さんも、隠れたんですか?」
「だから、咄嗟にって言ってんだろ……」
「す、すみません」
慌てている姿が目に見えるようだ。
こんなに萎れた……というか、歯切れの悪い青峰さんは初めてで。
さつきちゃんだけじゃなく、彼もいまだに動揺していることがよーく分かる。
「他のヤツに見せるわけにはいかねえだろーが」
口の中だけでポソリとつぶやくようなその声は、どこか言い訳めいていた。
「……それで?」
「あ? それだけだよ」
「…………?」
思わず首をひねる。
だめだ、やっぱりなんか変?
それだけなはず、ないんだって。
……うーん、これはやっぱり、さつきちゃん側の意見を聞かないと分からない気がする……。
「神崎、アイツの好きなヤツ、聞いたことあるか?」
「……はい……?」
さつきちゃんの、好きな、人?
「アイツ、好きなヤツいるみたいだからよ……片想いしてるんだと。わざわざ隠すあたり、テツじゃねーと思うんだけど」
「えと……誰がそんな事、言ってたんでしょうか?」
「さつきに決まってんだろ、今さつきの話してんだからよ」
「あ、そ、そうですよね」
なに?
何の話?
さつきちゃんが好きなひとって……
青峰さん、だよね?
でも、まさか本人の居ないところで私が言うわけにはいかない。
なんて言えばいいんだろう……。
「あの、ええっと……」
「……やっぱりいいや、なんでもねー。今ここであったこと全部、忘れてくれ」
「……?」
「オレがここで神崎から聞くのは、フェアじゃねえよな。……わりぃな、わざわざ来てもらっておいて」
「あ、いえ……何のお役にも立てませんで……」
気まずい沈黙が流れると、それを遮るかのように、頬に冷たいものが当たった。