第71章 笑顔
去年の夏、対Jabberwock戦で初めて涼太がPGとしてボール運びを任された。
彼は、笠松先輩の背中を見て学んだPGの技術をその器用さで自分のものとし、あの大舞台で見事にやってのけた。
不世出の天才と称される黄瀬涼太の実力は、大袈裟でもなんでもなく、凡人とは一線を画すものだ。
その彼の提案に、異を唱える者はいない。
全員が、涼太と共に最後まで走り抜く覚悟だ。
しかし、誠凛も甘くはない。
全国大会を勝ち抜いてきた実力は本物。
5回目の延長、開始直後から誠凛のシューターが火を噴いた。
彼も、去年まで誠凛のキャプテンを務めていた日向さんと同じ、クラッチ・シューター。
クラッチ・シューターとは、ここ一番でショットを何度も決める事のできる、土壇場に強い選手のこと。
一気に、不動だった得点が動く。
海常も追うように得点を重ねていくが、3点と2点の差は、ジワジワと開いていく。
このギリギリの戦いで3点ずつポイントされ、引き離されるというのは、何よりも精神を折られてしまう。
もう、この点差では追いつけない……そう思わされてしまうんだ。
残り1分、スコアは180対185。
5点のビハインド……
海常は、最後のタイムアウトを取った。
「ハァ……ハァッ……5点差っ……スか……」
涼太以外の選手は、言葉を発することすら困難な状態。
誠凛ベンチにチラリと目線を送ると、センターの選手がベンチ前に横たわり、ケアを受けている。
どちらのチームも限界が来ている。
この状態で、効果的な作戦などある訳がない。
あとはもう、気力と……運だ。
「みわ……なんか、ある?」
大量の汗を流し、ドリンクを飲みながら涼太が私に向かって言った。
今ここで、皆にかけたい言葉……。
信じてる。
勝ちたい。
皆で、勝ちたい。
だって、私……
「私は……海常の皆が、だいすき」
選手も、監督も、ベンチも、マネージャーも、応援席の皆も、皆、だいすき。
全員で、勝ちたいんだ。
「ぜ、全然役に立つような事言えなくて、ごめんなさい」
一番大切なタイミングで、皆の力になるような事が言えない。
でも、ベンチを立った皆は……微笑んでいた。
「……サンキュー、みわ。
よし……最後だ、決めるぞ」
残り、1分。