第71章 笑顔
明日は、遂に決勝戦。
夏のIHの決勝戦前夜もこうやって、落ち着かない気持ちだった。
東京体育館。
振り返ると、その巨大さに思わず息を飲んだ。
毎年毎年、こんなに大きな会場で試合してるんだよね……。
「みわ、ちょっと寄り道していかない?」
そう言って手を引かれて向かった先は、敷地内にある中庭だった。
周りの建物よりも照明が少なく、ワントーン暗く感じる周囲の景色。
涼太はボフンと芝生に横たわった。
私もそれにならって横になる。
先ほど黒子くんに連れられてどこかに行ってきた涼太は、どことなく元気がないように見える。
「ここもね、星がキレイなんスよ」
「本当だ……」
プラネタリウムにも、昨年の夏に京都で見た星たちにも負けない、満天の星。
季節が違うから、星座は違うけれど……。
星って、やっぱり好きだな。
キラキラ煌めいて、涼太みたい。
「寒くない?」
そう言いながら私の手を握ってくれた指は、とても冷たかった。
「大丈夫だよ、ありがと……」
東京でも、こんなに沢山の星々が眺められるなんて。
「今、この地球で見えてる星も、もう宇宙では消滅してるかもしんないんスよね」
太陽の光ですら、地球に届いているのは数分前のものだという。
「うん……不思議だけど、この星空は"過去の光"なんだよね」
過去が今、見えてるんだ。
なんだか……不思議。
「今見えてるものが"今"じゃないなんて、もう何を信じたらいいか分かんなくなるっスね」
「……本当だね」
「……オレも、今光ってるように見えてるけど、本当はもう消滅してんのかもな……」
ぽそりと、ようやく聞こえる程度のその声。
それは、エースとして一番前を走って来た涼太の、初めてとも言える弱音。
人並み外れた才能故に抱く葛藤。
人の上に立つという事への恐怖。
常に追われる立場でいるからこその焦り。
この人は、人よりも多くのものを持って生まれてきたから、人よりも多くの痛みを抱えている。
私には、分かってあげられないのかもしれない。
彼の悩みや苦しみを分け合えはしないのかもしれない。
それでも、少しでもその想いを受け止めたくて、小さく震えるその大きな身体をそっと抱きしめた。