第71章 笑顔
「ふぎゃっ!」
駆け出した足が、自分のすぐ後ろにある"何か"に躓いた。
足元に全く意識を寄せていなかった為、まるで化け猫のような声を出してしまう。
身体は完全に傾いており、このまま地面にまっしぐら……と思ったら、"何か"が動くのが見えた。
次の瞬間、腰を支えられる感覚。
「ぷっ……『ふぎゃっ』って……」
頭の上から、聞き慣れた声が降ってきた。
「え……」
薄暗い中でも輝きを放つ髪。
太陽が沈んだ後でもふわりと香るおひさまのにおい。
「りょ、涼太……何してるの……?」
「いや、みわを待ってたんスけど……」
涼太は、ずっとダンゴムシのように丸まっていた私を待っていてくれたのだろうか。
……聞いてたの、ばれちゃった……。
「こ、声、かけてくれれば良かったのに」
「ゴメンネ。気が済むまで放っておいた方がいいかななんて思っちゃったっス」
「……もう遅くなっちゃったね。
ごめんなさい。帰ろう」
傾いた身体のバランスを戻し、支えてくれた腕を離す。
平静を装って、何事もなかったかのように彼に並んで歩き出した。
「ちゃんと断ったっスよ」
「……そう……」
「心配になっちゃったっスか? ごめんね」
涼太が、気を遣ってくれているのが分かる。
私がどれだけ嫉妬深い女か、もう十分に分かってしまっているんだろう。
「ううん、心配になんか、なってないよ」
涼太の事は信じてる。
だから、私が思わずついていったのは、
『ちゃんと断ってくれるだろうか』
と心配したわけでもなく、
『私の彼なのに!』
と嫉妬したわけでもない。
『彼の事なんだから、私が把握していて当然なんじゃないか』
そんな歪んだ独占欲。
自分の欲望を正当化して、ひとの秘め事に踏み込んだ。
好きなら気になって当たり前、とかそう言われるかもしれないけれど、好きだからこそ、決してやってはいけない事。
卒業式の日に小堀先輩に呼び出された時、涼太は同じように隠れてついてきたか。
私が小堀先輩に何を言われたか、しつこく追及してきたか。
どちらもNOだ。
こんな当然の事を見失ってしまっている自分が情けなくて、とてつもなく恐ろしい。