第71章 笑顔
結局、校内を回る時間はあまりなくて、涼太と遅いお昼ご飯を食べて、少し回っただけで終わってしまった。
ちょっと残念だけど、ふたりきりで居られる時間が沢山あったから、私は満足。
今日は練習もない。
体育館はイベント会場になっているため、使用出来ないんだ。
私は今、誰もいない女子更衣室に荷物を取りに来ている。
この時期に洗濯物を忘れて帰るなんて、なんてドジ。
昇降口で涼太を待たせてる。
急がなくちゃ。
ロッカー内からTシャツを出し、乱暴に鞄に突っ込み、踵を返した。
ドアを開けようとしたら、外の廊下を歩く男子生徒の声。
「今日の黄瀬先輩のオバケ、超ビビったよな!」
……涼太の、話?
どうやらうちの部の1年生みたい。
聞き覚えのある声たちだ。
ゾロゾロと複数の足音がする。
いけないと思いつつも、ついつい聞き耳を立ててしまう私。
「でもさー……」
「ん?」
「黄瀬先輩って、凄いよな」
「今更かよ。あの"キセキの世代"だぞ?」
「いや、それはそうなんだけどさ、バスケも超上手くて、顔も超イケメンでさ……俺があのスペックだったら、調子乗ってんだろうなって思って」
「確かに、なんでも上手くいきすぎて、真面目にやんのバカらしくなるかもな」
……実際、涼太もそういう時期があったけど。
「だろ? でも先輩はさ、誰よりも早く来て練習してるし、勉強も頑張ってるし、俺たちみたいな後輩にも、さっきみたいに気さくに接してくれるし……スゲェなって思った」
「……だから、スゲェんだよ、あの人」
「スゲェよなあ……」
「あんな風になれたら……」
「なりたいよなあ……」
「……勝ちたいよな、あの人と」
「うん、勝ちたい」
「今からさ、駅の向こう側にある森林公園のストバスコートで、練習しねえ?」
「……すっか」
「俺も行くわ」
「俺も」
駆け足で去っていく足音たち。
涼太も、すっかり"先輩"だ。
あんなに素敵な先輩がいたら、憧れちゃうよね。
……私も、がんばろう。
皆が居なくなったのを見計らって、廊下に出た。
「おまけに黄瀬先輩、神崎先輩と付き合ってんだよな」
「マジで!? 神崎先輩、いいよな……」
「まぁ、相手が黄瀬先輩じゃ……」
「……どう転んでも勝てねーな……」