第70章 特別
「いっ……」
一瞬、何が起きたか分からない。
涼太の肩が、目の前にある。
肩越しに見える眼前の景色は咲き乱れる花火。
涼太はいきなり、私の耳に噛み付いてきた。
「い、痛……っ、涼太……!」
二の腕を浴衣ごと掴むと、今度はペロリと舐められて。
「ちょ……っ」
カリッと噛まれたと思えば、突然優しく舌で慰められ……
その対比に、背筋がゾクゾクする。
何が?
何が起きてるの?
「……開ければ良かった」
「っあ、えっ……?」
夜空で唸る大音量の合間に、耳もとで響く小さな水音。
「オレのって……首輪代わりに、ピアス……開ければ良かった」
「や……んっ、ね、ねえっ」
「オレのモンに気安く触んじゃねーよ……」
ーーその熱の籠もった声で、身体が、熱い。
ジワジワと、火が灯されていく。
目の前の景色がフィルターがかかったようにぼやけて、意識が自分の耳に集中する。
「りょうた……はな、び」
遠くから香っていた火薬の香りが、涼太の香りに上書きされていく。
いつもそう。
いつもこのひとは、あっという間に私の"いちばん"になってしまうんだ。
「花火……そうだオレ、みわに花火、見せに来たんだった」
あっけらかんと、今気付いたかのように彼はそう言うと、まるで汚れでも舐め取るかのように耳朶を食んでから私の後ろに回った。
クライマックスなのか、先程よりも空に広がる花火の数が増えてきて、音も連続したものに変わっていく。
真横にある彼の顔に動揺しつつも、目の前の光景にすっかりこころを奪われてしまっていた。
最後、空一面に火の花弁が広がると、バラバラバラ……と、打ち上げた時と対になるような音を立てて散っていく。
そして、空に再び静寂が訪れた。