第70章 特別
「笠松先輩、そろそろ……戻らないと皆さん、心配しませんか?」
「オウ、これ食ったら戻るか」
先輩はお腹が空いたと言ってたこ焼きを購入し、私にも石段の隅に座るように促した。
私も1パック買って貰ってしまった……。
後で、涼太と食べようと思い、手はつけてないけど。
「上手くいってんの、オマエら」
先輩は私に気を遣って、わざわざここに居てくれてるんだ。
率直なその質問に、今の私はうまく答えられない。
「はい……すみませんお気を遣わせてしまって」
目立った喧嘩をしているわけじゃない。
トラブルがあるわけじゃない。
はたから見れば、順調な2人だろう。
上手くいっていないのは、上手く折り合いをつけられないのは、私のこころの中だけだ。
いつまでこんな醜い気持ちを抱き続けてるんだろう。
大人になって、涼太がもし、新しい世界へ羽ばたいていったら、こんなもんじゃない。
得体の知れない不安と恐怖が、彼を好きだと、愛しいと思う気持ちの後ろにピッタリとくっついて存在している。
それが、こういう時にクルリとひっくり返って、表立って出てきてしまうんだ。
どうしたら、綺麗な気持ちで涼太の事を好きでいられるんだろう。
ついまた考え込んでしまうと、前髪にカサリと何かがぶつかった感触。
「きゃ、なに……?」
「ん? あ、デッカい虫」
先輩のその発言に、血の気が引いた。
先輩に買ってもらったわたあめとたこ焼きで、両手は塞がっている。
「きゃ、やだ、せ、先輩、お願いします、取って下さいっ!」
感覚からして、結構大きい虫だ。
虫、虫だけはどうしても苦手で……
「ちょい待てよ……」
たこ焼きのパックを片手に持ったまま、笠松先輩が私の髪についた虫を取ろうとしてくれる。
「とれ、とれましたか?」
先輩の指が前髪に触れたと思ったら、ジジ……と不快な羽音が耳に入り、ゾゾッと背筋に嫌なものが走った。
「あ、こら、逃げんな」
髪の上をサワサワと何かが動いている感覚がなかなか離れない。
「先輩、お願いしますうう、ああああああ」
「お、おっ、いや、潰さないようにしようとすると……」
「潰すとか怖い事言わないで下さいっ!!」