第70章 特別
そう、この神社は海常高校の近く。
つまり。
「黄瀬君、写真……いいですか?」
「リョータ! 浴衣超カッコいい!」
数歩歩くごとに、この有様だ。
普段、街を歩いている時すらこういう事態になるのに、今日は学校の近くだという事で、同じ年代のファンの多いこと。
涼太も、ファンの子は蔑ろに出来ないだろうし、ファンを大事にする事はとっても大切だというのはちゃんと分かっている。
1歩下がって、彼女達のカメラやスマートフォンに収められる涼太の笑顔を眺めていた。
……浴衣姿、凄く似合ってる。
手元、首元、足元……覗く肌が誘ってるみたいに色っぽくて。
……。
やだ、またこんな事ばかり考えて。
久しぶりに会えたからか、変な事ばかり意識してしまう。
本当に、発情期の動物みたいで時々自分が嫌になる。
気持ち悪い。
「リョータ! 笑って〜!」
女の子が涼太の腕に触れる。
涼太の肩に、腰に、手に触れる。
涼太の名前を呼ぶ。
さっきから彼が彼女達に微笑みかけるその笑顔を見るたびに、胸の中で、不安を掻き立てる木のさざめきのような嫌な音がする。
それがこの上なく不快で、耐えられずに思わず目を逸らした。
……でも、彼女達が涼太を想う気持ちの方が、ずっと健全だ。
今、私の中にあるどろどろした気持ちは、直視出来ない程に黒くて、臭くて、醜い。
こんな気持ちしか抱くことの出来ない自分の小ささに、うんざりする。
息が少し苦しい。
帯、締まり過ぎなのかな。
気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。
「みわ、ごめんね。お待たせ」
「お疲れさま」
あ、良かった。
私、ちゃんと笑えてる。
「なんか食べたいのあった?」
「……あんず飴、食べたい……」
「カワイイっスね、りょーかい」
折角の2人の時間なのに、こんな気持ち……持っていたくない。
人気者の彼の近くにいるっていう事、ちゃんと分かってるつもりなのに。