第70章 特別
桃井家の車は空港を出発し、窓を取り囲む無機質な背景が動き始める。
車内は冷房が効いていて快適なのに、右手だけがジンジンと熱くて、心臓に過負荷がかかっているかのように胸が痛い。
視線を落とすと、涼太の大きな手が私の手に重なっている。
涼太の長い指が手の甲の筋を撫でたり私の短い指に絡まれるのが、なんだか愛撫されているみたいで……感じて、しまう。
こんなとこで、ダメ……
そう思って手を振り払おうと動かしても、すぐにその手に絡め取られてしまって。
手を触られている筈なのに身体の中から湧き上がるざわめき。
顔に出ないようにするので精一杯だ。
「みわちゃん達、今日はこの後どうするの?」
「あッ、今日は夏祭りに行こうかって、言ってるんだ!」
そんなに距離がないさつきちゃんに答えるのに、無駄に大きな声になってしまった。
「そうなんだ、いいね!」
「……ウチの近所でも今夜、祭りあんぞ」
青峰さんがボソッと会話に混じってきた。
「え? ホント? どこで?」
「ほら、小学校の裏の……」
「うそ、行きたい行きたい!
大ちゃん、お祭りなんて興味なさそうなのに、よく知ってるね!」
「オマエが行きたいって言うからだろ」
「……」
車内がなんとも言えない空気になる。
男性陣の猛攻に、私たちは全く対応出来なかった。
「おっと、ガソリン入れるからパーキング寄らせてくれ」
さつきちゃんのお父さんの声が、静寂を破る。
私たちの微妙な空気を知ってか知らずか、車はパーキングエリアへと入って行った。
しかし、そのままガソリンスタンドには入らずに、車は駐車場に停車した。
「あれ? お父さん?」
「母さんに頼まれたものがあったんだ。買いに行くから、ちょっと待っててくれ。お前たちも行くか?」
「ううん、お留守番してるよ。
みわちゃん達、買い物ある?」
「ううん、特にないよ」
「じゃあ、私たち待ってるね。
お父さん、行ってきていいよ」
さつきちゃんのお父さんが車を降りて、車内は更に静まり返る。
手はまだほどかれない。
「ね、ねえ、涼太……」
そう小さな声で彼に話しかけると、
涼太と目が合った。
え、その目は……。