第70章 特別
表彰式を終え、ロッカールームへと戻っていく選手たち。
それぞれ荷物を持ったら、今日は現地解散だ。
監督の車に、トロフィーを始め学校に直接運んで貰いたい大きな荷物を積んでいく。
その作業をしているうちに、殆どの選手が帰路に着いていた。
辺りを見渡しても……彼の姿がない。
「神崎先輩! もう帰られますか?」
スズさんとキオちゃんがこちらへ向かって来る。
「……ごめんね。先に帰ってて」
それだけ言うと、察した2人は何も言わずに帰って行った。
2年前のインターハイ。
笠松先輩は、試合後には涙を流さなかった。
そして、誰も居なくなったロッカールームで、ひとり泣き崩れていた。
恐らく、彼も……。
無機質な体育館の廊下を抜けて、ロッカールームへと向かう。
敢えてノックはせず足を踏み入れ、普段なら絶対にしてはいけない事だけれど、静かに内鍵をかけた。
涼太は、ロッカーに囲まれた室内の中央にある真っ青のベンチに座り、頭からタオルをかけてうなだれていた。
「……涼太」
声を掛けると、鍛えられた肩をピクリと反応させた。
祈るように組まれているその両手にそっと手を乗せると、その体温に驚く。
激しい試合の後とは思えない冷たさだ。
「みわ」
顔を上げた涼太の目には、涙は無い。
普段、感情を隠さず露わにする彼にとって、それはとても危険な状態に見えた。
「……涼太、お疲れさま」
その頭をそっと抱き締めると、逞しい腕が私の腰に回された。
泣いて。
泣いていいんだよ、もう。
誰よりも大きなプレッシャーを抱えて、誰よりも走り続けた涼太。
もう、我慢しなくていいんだよ……。
「……みわ……」
小さく囁くように私の名前を呼んだ涼太の声は、震えていた。