第69章 偽り
その後は、軽くレストランで食事をして、帰路に着いた。
涼太も私も、おばあちゃんの事については触れなかった。
私も、言い出す事が出来なかった。
あまりに突然の事で、頭がついていってなかった。
「涼太、送ってくれてありがとう。
これも……買って貰っちゃって」
「ん、オヤスミ。
……なんかあったら聞くからなんでも言ってね、みわ」
どうしてそんなに優しくしてくれるの。
その言葉に何度救われたことか。
じわりと涙が目に溜まるのが分かる。
鼻がツンと痛む。
「ありがとう」
チュッと、唇に優しく涼太の唇が触れた。
涼太が角を曲がるまで、手を振って見送った。
彼が見えなくなって、家に入ろうとすると……
家の門が、扉が。
いつもよりもずっとずっと重く感じる。
まるで私が入るのを拒むかのように、冷え切ったそれらが立ちはだかっている。
大きく深呼吸をしてから開け慣れた筈の扉を開ける。
玄関に入った頃には、指先の感覚がなくなっていた。
「ただいま、おばあちゃん」
「お帰り。楽しかった?」
台所で作業をしていたおばあちゃんが中断して、居間に顔を出した。
「うん。涼太に、鞄買って貰っちゃった」
紙袋からリュックを出して、背負ってみる。
「あら、良かったわね、似合ってるわよ」
「お礼に、お菓子でも作ろうかな」
「黄瀬さん、喜ぶと思うよ。さ、お茶でも淹れようかね」
おばあちゃんは台所に戻って行った。
私もリュックを下ろして、追いかける。
「おばあちゃん、なんか途中だったんじゃないの? 手伝うよ」
「ああ、お皿を洗っていただけだから大丈夫だよ」
おばあちゃんはお菓子を入れてある缶の中から、いくつかお皿に移している。
「もう少しじゃない。終わらせちゃうね」
おばあちゃんがお茶を淹れてくれている間に終わる量だ。
ささっと終わらせてしまおう。
残りのお皿を洗い終わってから、布巾で水気を拭い食器棚に収納していく。
広い台所に、ポットのお湯を急須に注ぐ音だけが響く。
……涼太の言葉が、いつも背中を押してくれる。
「おばあちゃん、今日ね、サカキチハルさんって人と会ったよ」
返事よりも先に音がピタリと止んだ。