第15章 噂 ー前編ー
「神崎〜、悪いんだけどこの間の試合の」
「せんぱいっ……!」
驚いたのか、手が一瞬怯んだスキに、部屋に入ってきた森山先輩に駆け寄る。
「神崎? どうしたの。……あれ、お前ここで何してんの?」
「……いや、監督に頼まれて、荷物運び手伝えってさ……」
「……ああ、後は俺が手伝うよ。後で監督には言っておくから先戻ってろよ」
「……いや、監督には俺が言うからいい。後は……頼んだ」
すんなりとそう言って去っていく先輩。
ドアが閉まる。
怖かった。怖かった。今、森山先輩が来てくれなかったら、何されてたか……。
「なんだアイツ。……神崎、可愛い顔が台無しだぞ。どうしたんだ」
「……っすみません、何でもありません! 桐皇戦の映像とスコアが必要ですか? こちらです!」
「なあ神崎。この間あんな事があったばかりだろ。もう少し俺らを信頼して相談してくれないか?」
「……!」
だめ。だめ。泣くな。泣くな。
泣くのは卑怯だ。
「……本当に、なんでもないんです。今、付き合おうって言われただけで……あの、私自身の問題なので……」
「ただ告られたって顔じゃないだろ。なんか変なことされてないか?」
「はい、先輩が……ちょうど……来てくださったので……」
「ん、そうか。それなら良かった。なんかあったらすぐ言えよ。俺はもう戻るけど、神崎は?」
「わ、私も戻ります……!」
体育館に戻ると、ちょうど練習の合間の休憩中だった。
予め用意してあったドリンクなどを飲みながら、皆が涼んでいる。
レギュラーコートとは反対側のコートで、先ほど告白してきた先輩の姿を確認した。
「みわっち、おかえりー。ミーティングの準備っスか?」
黄瀬くんが、いつもの明るい笑顔で話しかけてくれる。
「あ、うん……そう」
ホッとするのも束の間、告白してきた先輩の言葉が頭をよぎる。
忘れてたわけじゃない。知らないわけでもない。
黄瀬くんのこの人気、男子にも女子にも人気のあるこの人が、女性経験がないわけない。
第一、私とそういうことをする時だって、かなり手慣れているもの。
経験、豊富なんだ。きっと。
……やな事考えちゃった……。