第69章 偽り
「私は……誰から、虐待を受けていたんでしょうか」
自分でも少し声が震えるのが分かった。
聞くのが怖い。でも、聞かないと何も始まらない気がして。
「それは、当時の貴女は一切喋らなかった。貴女の病院での検査結果から推察する事は出来るけれど、それも確実ではないから……」
「母の恋人、でしょうか」
オブラートに包もうとしているチハルさんの発言に被せるように問うと、少し躊躇ったように、困った表情を見せる。
「お願いします。
カウンセラーとしてじゃなくて……
一個人として、教えて欲しいんです」
また、チハルさんは言うべきか否か逡巡している。
「……恐らく、そう。貴女の身体からは、日常的に虐待を受けていた形跡が見られた」
「私は、母と来ていたのでしょうか」
「ええ。確か最初は、身体中についた痣をお母様が見つけたのがきっかけで……」
この間夢に見たのがきっかけで思い出したのは、小学校に入ったばかりの自分だった。
意味もなく服を剥がれて、殴られたり蹴られたり。
あの男なんだろうか。
それとも、全く別の……?
「あの……その頃の私は、性的な……被害も受けていた、のでしょうか」
この質問に、チハルさんは今までで一番渋い顔をした。
「ねえ、みわちゃん」
「……はい」
「過去の記憶がなくても、今黄瀬君とうまくお付き合い出来ているのなら、そんなに躍起になって思い出そうとしない方が良いんじゃないかしら」
「どういう……意味ですか?」
「思い出す事で、またトラウマになったり貴女が苦しむ事になる可能性の方が高い。
貴女のその記憶に関する症状が心因性のものなら、記憶を封じ込めたくなるほどに悲惨な状況だったということなんだから」
ちらりと涼太を見ると、目が合った。
「……オレも、そう思う。わざわざ傷を抉るような事、出来ればしないで欲しい……」
その表情と、力ない声に胸が痛んだ。
「もし聞きたい事があるとしても、ゆっくり、一つずつお話していきましょう?
焦る事はないわよ、ね?」