第69章 偽り
先日知り合ったばかりのチカゲさん。
つい先ほど初めて顔を合わせたチカゲさんのお母さん。
"みわちゃんよね?"
勿論、私にとってはこれが全くの初対面であるわけで……。
「久しぶり、みわちゃん。元気してた?」
「えっと……あの……」
「何年ぶりかな……ああ、でも元気そうで良かった」
チカゲさんのお母さんの目には薄っすらと涙が溜まり、鼻が赤く染まっている。
何年ぶりか、というくらいだから私が幼い時にでも会った事があるんだろうか。
全く記憶にない事から考えると、記憶に残らない程幼い頃に出会ったか、記憶が曖昧になってしまった時期に出会ったか……。
「……みわちゃん?」
「あの……失礼な事をお伺いするのですが……私の事、ご存じなのでしょうか?」
本当にこれ以上無いほど失礼な質問だ。
相手を怒らせてしまう事を覚悟する。
「え……?」
眉をひそめて不思議そうにそう聞き返されて、心臓がドクドクと脈打つ。
涼太と繋がれ、少しずつ体温を取り戻していた指先がまた冷えていくのを感じた。
チカゲさんのお母さんは、涼太や笠松先輩の様子をチラチラと伺っている。
「ふたりきりになれる部屋に行きましょうか」
「あ、俺……僕、帰ります。ご馳走様でした」
笠松先輩はそう言って、カップをソーサーに乗せて席を立った。
「黄瀬、神崎、今日は悪かったな。
礼はまた改めてするからよ」
「す、すみません笠松先輩」
「お邪魔しました」
スポーツマンらしくぺこりとお辞儀をした先輩は、リビングを出て行った。
「笠松さん、良さそうな子じゃない」
ウフフと言いながらチカゲさんのお母さんはどこからかブランケットを持ってきて、ソファで寝ているチカゲさんに掛けてあげていた。
「じゃあみわさん、こっちに……」
「……はい」
涼太と繋がれていた手がするりと離れて、途端に心細くなる。
「あの、嫌じゃなければ……涼太も……」
最後まで言い終わる前に、涼太は優しく微笑んで立ち上がってくれた。