第69章 偽り
「いただきます」
チカゲ母が運んできてくれた紅茶を一口。
荒んだこころが少し癒されるような味。
「ごめんなさいね、ウチの子が迷惑かけてしまったみたいで……」
チカゲ母は小さくぺこりとお辞儀をして、見定めるようにオレ達の顔をひとりひとり確認していく。
「あら、貴方笠松さん?」
「ハイ、そうです」
「いい新入部員が入ってきたって、チカゲが喜んでいたのよ~。バスケは楽しい?」
「ハイ、楽しいです」
「そう。青春ね~いいわぁ~」
心底楽しそうなチカゲ母と、面接官と対峙している受験生のようなセンパイ。
「笠松さんは、お付き合いしている方はいるの?」
「はッ!? い、いません! 今は、バスケの事だけで頭いっぱいなんで……」
「あら、そんな事言ってたらあっという間にお爺さんになっちゃうわよ?
今の内に楽しんでおかなきゃ……」
どうやら笠松センパイの評判は、娘からよく聞いているらしい。
早速外堀埋められそうになってるっスよ、センパイ。
「いや、まだそういうのは早いんで、大丈夫です! なあ黄瀬!」
「オレに振るんスか!?」
チカゲ母の視線がオレに移動する。
「あら……もしかしてキセリョ?」
最近はモデル業を全くしていなかったので、久々の呼び名。
「あ、ハイ」
なんだろう、有名なカウンセラーというだけあって、なんかすべてを見透かされているような眼だ。
「あら~~写真よりも髪が短くなってたからすぐには気付かなかったわぁ。
実物はやっぱり素敵ね~!」
「ど、どもっス」
「どう? うちのチカゲ」
どうやら、チカゲ母的には娘に彼氏が出来ればいいらしい。
しかしもう、チカゲサンはゲロ女としてしか見れない。ゴメンナサイ。
「ハハ……オレ、大事な彼女がいるんで……スミマセン」
そう言って、巻いたバスタオルの裾から手を伸ばし、テーブルの下のみわの細い手を掴んだ。
冷え性の彼女の手は指先が特に冷たくなっている。
そっと包むように触れると、それに応えるように指先が絡み合った。
「ふうん……残念」
そう言って今度はみわに視線を移す。
暫く舐めるように見つめていたと思ったら……目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「貴女……みわちゃん? みわちゃんよね?」