第68章 際会
「……あの男が言ってた事、気にしてるの?」
眉間に触れていた指が、頬に触れる。
説明出来ない安心感に包まれた。
「あんなん、気にすることないっスよ。
テキトー言ってあの場を凌ごうとしただけっしょ」
そうだったらいいんだけど……
「でも……昔、私が住んでいたマンションの名前……知っていたし、そんな事、偶然では有り得ない気がして……」
「それにしたって、近所に住んでたとか?
昔、どこかで一方的に覚えられただけかもしんないし」
「うん……」
イライラする。
気が焦る。
どうして思い出せないんだろう。
あのマンション……思い出して……思い出して……うう、頭が痛い……。
「みわ、やめな」
あまりに酷い顔をしていたんだろう、涼太が見かねて顔を覗き込んできた。
「だって……」
もし、あれが本当だったら。
もし……
「だって、ナニ?」
「だって……もし、私が既に汚れてたら」
「……」
涼太に、涼太だけに捧げたと思っていたのに。
もし、それが嘘だったら……。
「涼太まで……汚してしまう……」
そんなの、耐えられない。
絶対に、イヤダ。
「みわ」
また、熱い唇が重なる。
「んん」
「オレ、汚ねえことした過去なんかいっぱいある。みわが思ってるような男じゃないっスよ」
涼太の熱い指が、バスローブの紐を解いていく。
「やっ、涼太」
やっぱりダメ。
まだハッキリしていないのに、彼に抱かれるわけにはいかない。
「過去が何? 今に関係あるの?」
抵抗する手を押しのけて、手が私の乳房に触れる。
「……っ、だめ」
「ねえ、オレが昔他の女を抱いてたら、オレの事嫌いになる?」
巧みに気持ちいいところを探ってくる愛撫に、身体が揺れてしまう。
「なっ、なら……ない……っ」
そんなの、なるわけない。
「そうでしょ。そのまんまみわに返すっスよ」
そう言ってくれるのは、嬉しい。
でも。
「っ、あ」
「みわは汚れてなんかいないし、汚れないっスよ……」
あれだけ求められるのを待っていたのに、辛い。
涼太を……涼太を汚してしまうよ。
こんなにこころも身体も綺麗なこの人を。