第68章 際会
男は駅員さんに取り押さえられながらも、ジタバタと暴れている。
「みわ!」
さらに向こうから走ってくる男性。
遠目に見ても分かる。
さらりとした短髪に長い手足。
「涼太!」
彼の姿が見えた途端、震えていた足は勝手に走り出していた。
「何してんの! 出てくるなって言っただろ!」
涼太は庇うように私を包むと、駅員さんに取り押さえられている男を見下ろした。
「コイツ? さっきからつきまとわれてるのって」
「うん……そう……」
男はまだ手足をばたつかせている。
駅員さんの1人が携帯電話でどこかに電話をかけていた。
「お前! ふざけんなよ! あの女は俺の知り合いだ!」
スウェット男は私を指さしている。
「……みわ?」
「……知らない……」
「おい! 忘れたとは言わせねえぞ!
あのマンション!」
え……
その後に男が告げたマンション名は、確かに私が住んでいたマンションだ。
「お知り合いですか?」
怪訝そうな顔つきで駅員さんの内の1人が私に話しかける。
「知りません、こんな人、知りません」
でも、知らない。
本当に知らないんだ。
「すみません、警察には通報しました。
駅長室でお話を少し伺えますか」
駅長室に呼ばれた後は、状況についていくつか質問をされただけだった。
警察の人が来てからも同じような質問をされた。
たった1つを除いては。
「男はあなたを……身体の関係がある知人だと言っていますが、どうでしょうか」
と。
「ありません。そんな事、有り得ません」
キッパリと言った。
ここで惑わされたら男の思うツボだ。
私の……初めては、涼太と、だもの。
だからそんな事、あるわけがない。
「ご協力、ありがとうございました」
警察の人は腑に落ちないといった顔で去っていった。
なぜ、こんなにも不安な気持ちになるんだろう?