第68章 際会
この時間でも駅のトイレから人が全くいなくなるということはなかったけれど、それでも徐々に利用客が減っているのが、気配で分かる。
どうしてこんなに怖いんだろう。
得体の知れない恐怖。
やっぱり、車内で誰かに助けを求めるべきだった?
耐えて、駅長室に駆け込むべきだった?
警察?
どうしたらいいの。
個室を占領していたら迷惑になる。
キョロキョロと様子を伺いながら個室を出て、パウダールームへ戻った。
スマートフォンで……
「あっ」
手が震えて、何度も取り落とした。
やだ、震えが止まらない。
怖い。こわい。コワイ。
だめ。自分でなんとかしなきゃ。
しっかり、しっかりしなきゃ。
落ちたスマートフォンを拾い上げて、画面を点けた途端、突然着信を受けて振動した。
「わ……」
驚いてまた落としそうになるのをなんとか阻止して、画面に目をやると……
表示された文字列を脳が認識するより先に応答ボタンをタップしていた。
『もしもしみわ? ごめん、電話しちゃって。
途中まで迎えに行こうと思って今から乗り換えの電車乗るとこなんスけど、どこまで行けばいい?』
「りょ……うた……」
カチカチと歯が鳴る。
もう、これ以上ここで耐えているのは限界。
『……みわ?』
「りょう、た、こわい」
『どうしたの、今どこ』
涼太の声が緊張感を帯びたものに変わった。
心配だけはさせたくないのに。
「……トイレ……」
『みわ、どこの駅にいんの?
オレが行くまで待っていられる?』
迷惑だから、迷惑かけられないから大丈夫って言わなきゃいけないのに、無理、無理だ。
私の口からは駅の名前が漏れていた。
『そこ、何があってもトイレから出ないで!
いい? すぐ行くから!』
いつも、この声を聞いてホッとするんだ。
ごめんなさい。
甘えてばかりで、ごめんなさい。