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【黒バス:R18】解れゆくこころ

第68章 際会


来た。
多分、来た。

でも今隠れるように立っているし、大丈夫だ。

ああ、小柄ならもう少しちゃんと隠れるかもしれないのに。

こういうのなんて言うの?
痴漢? 酔っ払い?

だめだ。落ち着いて。

すうと大きく息を吸うと、驚くほどのアルコール臭がして思わず固まった。


……近くに、いる?

怖くて振り向けない。
この臭い、気分が悪くなりそうだ。


次の駅のアナウンスもまだない。
到着までにはまだかかりそう。

無機質に耳に届く列車のゴトンゴトンという音が、この電車がもう逃げられない死刑台までの一方通行のような気がして、ゴクリと息を呑んだ。



誰かに、助けを

でも、何かされたわけじゃないのに?

どうしよう



立ち上るアルコール臭で窒息しそうだ。

とにかく、まず落ち着いて行動しないと。
再度自分に言い聞かせる。

目線は床に落としたまま、上げられない。
しかし、次の瞬間視界に入り込んできたものに、思わず悲鳴を上げてしまった。

「ひっ……!」

僅かな頭髪を残して禿げ上がった頭。
残った髪も殆ど白く染まっている。

ギョロリとした瞳に半開きの口からは黄色い歯が覗いている。

だらしなく首元が伸びきったスウェットからは、饐えた臭いが漂ってきた。

目を、目を合わせてはいけないなんて思っていたのに、こんなに至近距離で覗き込まれてはそれもかなわない。



「……いくら?」

男が口を開いた。
質問、されているのか。
意味が分からない。

「ねえ、一発いくら?」

爪の間が真っ黒になっていて、小さく乾燥した手が太腿に触れた。

瞬間、背筋を冷たくて硬いものが走り抜けていく。

こ、こういうのは相手にしちゃいけないんだ。

振り切るようにその場を離れて、隣の車両に向かって小走りで逃げて行く。

でもきっと付いてきてる。
どうしよう。

その時、車内アナウンスが次の駅の名前を告げた。

次は私も知ってるような大きな駅だ。
次……次の駅で一旦降りよう。

人混みに紛れてしまえば安心。
一旦逃げて、時間を置いてからまた違う電車に乗ればいい。

心臓の周りから全身をジワジワ取り巻く恐怖を考えないように、ひたすら車内を歩いた。


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