第68章 際会
さつきちゃんがトイレに行くというので、一足先に着替えて休憩をしている木吉さんの元へ向かうと、彼はいつもと変わらぬ表情で微笑んでいた。
「木吉さん、今日はもう帰るんですか?」
その割には、ゆったりベンチに座ってペットボトルのスポーツドリンクを優雅に飲んでいる。
「いや、リコが来るまで待ってるんだ」
「相田さんが迎えに来てくれるんですか?」
こんな辺鄙なところまで?
「あいつ、聞かなくてなあ」
困ったようにそう言っているけれど、なんだか嬉しそうだ。
「ここ、いいだろ」
木吉さん……まるで、近所の定食屋を褒めるくらいの口調でそう言っているけれど、そもそも凄い所なんだって……。
「木吉さんって大物ですね」
「そうか? そんなことないぞ。小さい事を気にしたりするしな」
「とても想像つかないんですが……」
私の胸に湧いた疑問はワハハという大らかな笑いに流されていった。
「みわちゃん、ご飯食べて帰る?」
「そうだね、駅前になんかお店あったっけ」
施設は駅からも遠く、私たちは駅へ向かうバスに乗車していた。
バスの乗客は、殆ど全員が施設利用者のようだ。
「ファミレスの看板は見えたよね!」
「確かに、他に何も店がなかった気が……」
ここは本当に東京都なの? というくらいこの付近は自然に溢れている。
……でも、本当に東京都なの? というくらい時間をかけて来たから当然かな。
きっとこの辺りなら土地もそれほど高くないはず。
あれだけの広大な土地を確保するなら、仕方ない事なのかなと納得した。
ここに来るまでも、電車で3時間ほどかけた。
木吉さん、通うの大変だろうなあ……。
でも、時間をかけてでもここに来る価値がある。
そう思った人たちが集まっているんだ。
私も、先程やってもらったリハビリで、いつもよりもずっと手首が動かしやすい。
1日やそこらでどうにかなるものではないけれど、それでも完治までの歩幅が広がった感覚があった。
今日見たのは全く未知の世界。
こんなに強くこうなりたいと感じるのは初めてだ。
私はあのスタッフの姿に、憧れを抱いてしまったのかもしれなかった。