第67章 想い
「ベガの神話が……悲しいんだよね」
「そうなんスか? オレ全然知らないや」
「こと座……ベガの神話は……
オルフェウスっていう有名な音楽家がエウリディケって人と結婚したんだけど、間もなく彼女は毒ヘビに噛まれて死んじゃったの」
「うん」
「エウリディケの死を悲しんだオルフェウスは、彼女を追って三途の川まで行くんだけど、死んでない彼を乗せる訳にはいかないって拒まれて」
「三途の川……」
「それで彼は死を司る冥神ハデスとその妻の所に行って、琴を弾きながらエウリディケを戻してくれるよう頼んだんだ。
ハデスはその琴の音色に感動して、エウリディケを戻すことを許したの。
ただし、冥界から戻る途中に決して後ろを振り返ってはならないって条件付きで」
涼太の返事はなかったけれど、彼の手が私の膝に乗り、私の手をそっと優しく包んだ。
大きく、温かい手。
「……オルフェウスは喜んで、エウリディケを連れて地上に向かったんだけど、あと少しっていう所で、後ろから来ている筈の彼女の足音が聞こえなくなった気がして……」
撫でるように動いていた涼太の手が、ピタリとその動きを止めた。
「それでオルフェウスが思わず後ろを振り向くと、その瞬間に、エウリディケは冥界に連れ戻されてしまったの」
指と指が、絡まる。
「再びハデスに頼むんだけど、それは勿論聞き入れられなくって、そのまま狂ったオルフェウスは川に身を投げて死んじゃったんだ。
それを神様が哀れに思って、彼の琴を天に上げて、星座にしたんだって」
「……オレも、またみわがいなくなったと思ったら振り向くかもしんないっスわ」
「ウン……」
「みわ、オレを置いていかないでよ」
……また、彼の傷を抉るような事を言ってしまったかもしれない。