第67章 想い
「ぷ、ぷくく……」
涼太がさっきから隣で笑いを堪えている。
ううん、全然堪えきれてない。
髪を切った涼太の毒にやられてすっかり腰を抜かしてしまったため、名簿チェックはスズさんが代わりにやってくれていた。
も、もう出発前からすっかり予定が狂ってしまった。
「も、あのカオ……気に入って貰えた、ってことでいいんスかね?」
笑い過ぎで目に涙を溜めた涼太が私を覗き込んでくる。
だめだ、目が合わせられない。
「そ、そのようですね」
目線を意識しすぎて言語回路がおかしくなっている。
自覚はあるのに、どうにも自分ではコントロールできない。
な、なんなの涼太!
「ふたりきりになったら、ちゃんと見てよ?」
彼はぼそりと耳元で囁いて、満足げに背もたれに体重を預けた。
ここから数時間、意識しっぱなしでは心臓が保たない。
な、なんで当日にいきなり髪切ってくるの!?
もう少し、1週間前に切るとかそういうのはないの!?
……いや、インターハイ前の過酷な練習の合間に散髪なんて無理な相談だろう。
昨日は出発前日と言う事で少しだけ早く練習が終わったから、その空き時間で行ったんだと思う。
でも、とにかく心臓に悪い。
彼から迸る色香はもう高校生のものを軽く凌駕していた。
「神崎先輩、これで最後です」
全員のチェックが終わった名簿を、スズさんから受け取る。
「あ、ありがとうスズさん」
スズさんはまじまじと涼太と見つめて一言。
「やだ、黄瀬先輩ホントにカッコいいです! もう目が離せない~!」
「アリガトー」
ああ、その軽いやり取りが本当に羨ましい。
目線ひとつ合わせられない私とは大違い。
『発車します』
運転手さんの渋い声が車内に行き渡る。
私たちは先に出発だ。
後から、監督の車で笠松先輩ら3人が来て下さるらしい。
卒業しても遠方まで応援に来て下さると言うのは、本当にありがたいことだ。
バスはゆっくりと海常高校を出発する。
それぞれの想いを乗せて。