第67章 想い
「秀徳では黄瀬に3人隠し子がいるという噂が立っているのだよ」
涼しい顔で緑間さんが言った。
最早噂は跡形もなく変わり、元の面影はなくなっている。
「も、秀徳まで一体何がどうなってんスか」
「まあ、噂には尾ひれが付くって言うし」
さつきちゃんがそう言うけれど、事態はそんなんじゃ済まないという事は、利発な彼女なら分かっているだろう。
「尾ひれドコロじゃねえっス! 背びれも胸びれもついてるじゃねえっスか!」
アハハと皆が笑っている。
「まあ、最近のキセキの世代のメディアでの扱い方を見てみれば、こうなるのは当然かもしんないわね」
確かに、最近はテレビに雑誌にと引っ張りだこだ。
まだ彼等は高校生だからと、過剰すぎる取材は断っているものの、これがもっと抑制のない立場になれば、それこそ人気アイドル並みに朝から晩までカメラが張り付くかもしれない。
日本はそういう国なのだ。
今までスポットライトが当たったことのない競技でも、世界大会で結果を残した途端国民は熱狂し、グッズは飛ぶように売れ、エースの発言からポーズからを皆が真似する。
「でも、真実なんて何ひとつないじゃねぇスか」
「いいのよ、マスコミは話題になればいいって考え方ばっかりなんだから。
その噂が真実かどうかなんて大きな問題じゃないわけ」
相田さんの発言に、キセキの皆は黙ってしまった。
「まあ、この時期で命拾いしたな、黄瀬」
「緑間っち、どういう意味っスか?」
「万が一これが大学入学前か何かで、悪評が原因で推薦を取り消されたりしたら大変な事なのだよ。
お前が一般入試で大学に入学するのはほぼ不可能だろうからな」
「……サラッとヒドい事言ったっスね……」
ふたりのそのやり取りで皆は再び笑っていたけれど……
……笑えない。
私は、自分の肌が粟立つのを感じて居た。
たったひとつの噂で。
そうだ、噂ひとつで涼太の未来が全部ダメになる可能性だってある。
それが、真実かどうかは大きな問題じゃない。
有名になるという事は、そういう危険がついて回るんだという事を、身を以て体験していた。