第66章 和
オレの声色が変わったのを察知して、腕の中にいるみわの肩が強張るのが分かる。
「涼太、怒ってる……?」
胸に顔をうずめたまま、顔を上げようとはしない。
ビビらせるつもりはないんスけど……。
でも、怒っているのを隠すつもりもない。
「怒ってるっスよ。みわがあまりにもわかんねーこと言うから」
「わかんねーことって……」
「ねえ、みわにとって幸せって何? 今、こうしてるのは幸せじゃないんスか?
ふたりでメシ食うのも、街歩くのも、お喋りすんのも、コタツに入ってミカン食うのも、幸せじゃないんスか?」
「えっ、えっ」
「手を繋ぐのも、キスするのも、セックスするのも幸せじゃないんスか?
ねえ教えてよ、別れたらオレにどんな幸せがあるの?」
みわを包んでいる腕に力を入れると、その細い腰がグッと引き寄せられて、オレ達の距離をゼロにする。
「そ、それは……」
「オレがどっかの女とくっつけば幸せになれるって? 冗談じゃねーよ。
そんな無責任な事言ってねーで、オレの事幸せにしてくれよ、みわ」
「え……」
「オレの近くにいて、いつでもオレを幸せな男にしてよ……」
その柔らかい髪に顔をうずめると、ふわりとシャンプーの香りがした。
いつもは就寝前に風呂に入るみわが、今日はオレが来る前に済ませていたらしい。
いい匂い。
嗅いでいるだけで気持ちが落ち着く。
「涼太、ごめんなさい。怒ってる……?」
「もう、怒ってねぇっスよ……」
みわを腕の中に抱いて、怒っていられるわけがない。
「変な事言い出さないでよ……今日までオレがどんな気持ちでいたと思うんスか……」
みわが突然思い詰めたような顔をして、距離を置きたいと言いだして……。
バスケに影響させなかったオレを褒めてほしいくらいだ。
「……でも」
「"でも"はもういいっス。お母さんに言われた事が心の中にあるってのも分かった。
それはもう、直接確認するしかないから、今はもう忘れて」
「へ……?」
「オレが直接、みわのお母さんに聞きに行くから。だからそれまで、その話は忘れておいて」
呪いを解けるのは、かけた本人だけって言うじゃないスか。
「そ、そんな……ぁ」
柔らかい耳朶に再び触れると、今度は甘い声が返ってきた。