第66章 和
女子更衣室を出ると、向かい側の壁に寄りかかり、スマートフォンを見ている涼太が目に入った。
あれだけハードな練習をこなした後だというのに、なんてことない表情の彼はやはりタダモノではないと思う。
マネージャーの私ですら全身疲労でプルプルしているというのに……。
「おっ、お待たせ」
声を掛けると涼太は顔を上げ、優しい琥珀色の瞳で微笑んだ。
「お疲れ様、みわ」
その声が部活中のものとは違い優しくて、胸がとくんと跳ねた。
……スズさんが変な事を言うから、無駄に意識してしまう。
「メシでも食いに行かねっスか」
「えっ、あ、うん」
その会話があまりに今まで通りで、普通で戸惑う。
涼太はどういうつもりなんだろう……。
涼太が右側を歩き、私は左側を歩く。
いつも通り、ふたり並んで校門までの道を歩き出した。
「みわ的に、どうだったっスか? IH予選」
「ん~……欲を言うならもう少し得点力をつけたいかな」
「やっぱ、そうっスよね……」
「今のままじゃ、陽泉みたいにディフェンス主体のチームから得点を奪うのはなかなか難しいかも。誠凛とは相性良いとは思うけど……」
「紫原っちか……やっぱオレがもう少し切り込んで行かないとっスかね」
「それもあるけど、もう少し外も使った方がいいよ」
「スリーポイントか……緑間っちは前よりもっともっと強くなってんだろうなあ」
あ、良かった。
本当に、いつも通りだ。
「みわ、何か食べたいものある?」
「え? ラーメンとか?」
「ぷっ、ラーメンでいいんスか?」
「ええ、なんで笑うの? いいじゃないラーメン。
去年の夏に連れて行って貰ったお店の塩ラーメンだって……」
あ。
何か今、想い出話とかしちゃいけない関係な気がする。
何も問題がなかった頃の話とか、しちゃいけない気がする……。
「……美味しかったし」
「ん……そうっスね……」
突然広がる沈黙。
バカ。いい空気だったのに。
動揺を隠そうと大きく手を振ると、涼太の手とぶつかった。
「あっ、ごめんね」
咄嗟に避けようとした手を掴まれて、長い指が絡んできた。
突然の恋人繋ぎに、顔が熱くなるのが自分でも分かる。
気まずくしているのは私のせいなのに、大きな手に繋がれて安心しているなんて、最低だ。