第66章 和
「ごめんなさい……大事な、時期なのに」
そう言ってみわは目線を落とした。
暗い表情。
先ほどまで、優しくスズサンに話しかけていた空気は微塵もない。
当たり前か。みわがどれだけバスケに打ち込んでいるか。
その気迫は、選手と同等。……いや、それ以上かもしれない。
それは、オレ達が一番よく分かってる。
「いや、仕方ないっスよ、ゆっくり休んで」
そんな事しか言えないのか。
これだけ一緒に居るのに。
「私の、居場所……」
ぽつりとそう呟いて、それからみわは何も言わなくなってしまった。
細い肩や腰は、いつもより更に小さく見える。
とてもひとりにしておくことが出来ずに、横を歩いた。
彼女は駅に向かわず、逆方向へ歩き出した。
「みわ、駅は向こうっスよ」
「いいの、今日は歩いて帰るから」
「その身体で? 今日は電車で帰った方が」
「いいの、風に当たりたいの」
有無を言わさないその口ぶりに圧倒され、それ以上口を出す事が出来なかった。
それからは、会話が一切なかった。
普段一緒に居る時になんとなく訪れる間のようなものではなく、耳が痛くなるような沈黙。
キオサンの事も、とても話せるような雰囲気ではない。
ただただ、みわの悔しさがヒシヒシと伝わってくるようだ。
オレも去年のウィンターカップ、足を痛めていたから分かる。
こんな時は、何を言っても気休めにもならないのは分かっている。
その細い手を握る事すらできない。
隣にいるのに何の役にも立たない自分に嫌気がさした。
ああ、あの時にオレが助けてやれれば。
ファンの子に気を取られなければ。
そんな意味のない後悔が胸の中を占めていった。
お祖母さんの家の門を開けたみわは、ようやく顔を上げて振り向いた。
「送って貰っちゃって、ごめんなさい。ありがとう」
そう言ったみわの瞳には、光が全くなかった。
いつもの、キラキラした彼女はすっかり影を潜めてしまっていた。
「あまり、思いつめないでね、みわ」
「……おやすみなさい」
「いつでも、何かあったら連絡して。何時でもいいから!」
閉められたドアの音が、ふたりの間を断絶するかのように重苦しく響き渡った。