第66章 和
「……すみませんでした」
スズサンが、深々と頭を下げている。
練習が終わる頃、みわとスズサンは病院から戻り、体育館に顔を出した。
キオサンは既に帰宅したそうだ。
やはり、事故の原因はスズサンが丈の長い布を足で踏み、階段を踏み外して転落したことによるものらしい。
しかし、みわが咄嗟に手を差し伸べなければ、スズサンももっと大怪我をしていただろうと言われていた。
結果、彼女の左手首は折れてしまったわけだけど。
みわのケガは全治3ヶ月。
3ヶ月。もうその頃にはIH本戦も終わってしまっている。
その診断は、IHの離脱を意味していた。
「仕方ないよ。スズさんに怪我が無くて良かった」
そう言ってみわは優しく微笑んだ。
左手には痛々しいギプス。
「先輩、どうしてわたしを助けようとしたんですか」
「どうしてって……分からないよ、助けなきゃと思ったからそうしただけ」
「……本当に、すみませんでした……」
散々嫌がらせのような事をし続けたスズサンにすら、みわは優しい。
オレだったら、どうしていただろう。
ふたりで会っていたと聞かされ、嫉妬の気持ちを抱きながら手を差し伸べられるだろうか。
「今日はお疲れ様、先に帰らせてもらうね。
……黄瀬くんごめんなさい、約束はまた改めて」
「え、あ、うん」
そう言って、みわはすっと体育館を去って行った。
スズサンはずっと泣きそうな顔をしている。
「ごめんスズサン、オレちょっとみわのトコ行ってくるから」
早川センパイにもそう告げて、彼女を追って走り出した。
あの身体では走れない。まだそう遠くへは行っていないはずだ。
全速力で校内を走り抜けると、校門へ繋がる並木道に、みわの後ろ姿を見つける事ができた。
きっと泣いているに違いない。
誰かが、オレが傍にいてあげなきゃ。
「みわ!」
追い付くまで待ち切れずにその名を呼ぶと、非常に緩慢な動きで彼女は振り返った。
「……りょ、た?」
その目に涙はない。
ホッとしたのも束の間、少し呆けているようなその表情に心配になる。
「みわ、大丈夫? 帰れる?」
いや、そうじゃない。
もっと気の利く言葉のひとつもかけてあげなければ。