第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
歩く二人の感覚は先ほどと大して変わらない。けれどどこか違和感のある不安定な緊張感だけは綺麗さっぱり消えてなくなり、空では遠い場所から月が微笑んでいた。
「風間さんは、私を早く元の遠山絵梨に戻したいと思いますか?」
絵梨が問うそれは、自身の存在の危うさを蒸し返すような危険な質問だった。そんなものにも関わらず、絵梨は戦闘時のあの質問と同じ誘爆の可能性を抱える答えをを躊躇なく求めた。
「戻って欲しくはない。」
答えは決まってる、そう確信を持っていた絵梨を貫いたものは、真逆で意外な否定の言葉だった。
「何故?」
「それは……」
「わっ!?」
風間が言いかけた時、続いて聞こえたものは風間の声ではなく、人の皮膚が強く重なった時の乾いた音だった。
「あ、危なかった……。ありがとう風間さん、助けて……?」
間一髪、小石に躓いて転びかけた絵梨の腕を掴んだ風間。
けれど、絵梨が姿勢を整えても尚風間は絵梨の腕を掴んで離さない。向けた視線は先ほども受けたものと同じ。食い入るように見つめ続ける風間に絵梨は再び困ってしまう。
「あの、もう腕離してもらっても……」
絵梨は言いかけて言葉を止めた。元よりいつ露呈してもおかしくないとは思っていたからこそ、自分で気付いてしまえば動揺も自然と収まってしまう。
「目が、見えないのか?」
静かに頷いた絵梨に、風間は静かな瞬きで理解を示した。
「いつからだ。」
「覚えてません。」
「どうして見えなくなった。」
「分かりません。」
そこから容赦なく風間が質問を重ねるが、絵梨は何も答えない。これは嘘ではなかった。絵梨がもしここに"絵梨として"立っていずとも、答えは何一つ変わらない。
「では何故先刻の争奪戦で狙撃手を狙えたり、隠密トリガーを使用した俺達を正確に狙えたんだ。」
少しだけ笑うことが出来たほんの数秒前が愛しい、些細なことで躓き続けなければならない。難しい。下唇を噛みながら俯き、瞼を深く下ろして眉間には薄くシワがよる。
けれどそんなあからさまな様子とは裏腹に、絵梨は比較的冷静だった。再び瞼を開けて風間の前にしゃんと立つまでに要した時間はそう長くはなかった。