第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
「貧乏くじを引いたって事で、今日の事は……重要な事以外はキレイさっぱり忘れることにします。まあ、風間さん達と戦った事はきっと忘れたくても頭にこびりついちゃうと思うんですけどね。きっと今こうしてトリオン兵を撒いて隠れてる事なんかは記憶整理の対象になるんじゃないかなー。」
「……好きにするといい。」
風間も立ち上がると絵梨に向き直った。
姿勢を正し、鋭い眼光を絵梨に向けるその姿は、宿敵を見つけた時のよう。この場を凍りつかせるように数秒そのまま力のこもった目線を向け続ける風間に、絵梨は動揺し始めた。
「似ているが、違う。」
「えっ?」
突拍子もなく風間が語るのは、先程絵梨が聞き、回答しなかった質問の答えだった。
「違うように見えるが、お前は遠山絵梨そのものなんだろうな。」
どこか自虐的で不吉な微笑を見せながら答える風間に、絵梨はもう訳がわからないと言った様子で口をパクパクさせている。
「ご、ごめんなさい。色々忘れているせいで……。」
「許しをこう必要はどこにもないだろう。少なくとも俺は迷惑を被ったわけではない。ただ、少し反発を食らった程度だ。」
瞬きと口の動き以外の顔のパーツを動かさないまま、淡々と語る風間はどこか異質だった。元々ミステリアスで考えを上手く掴みきれないと感じていた絵梨は、この言葉を表面上だけで捉えてはいけない、と無意識にも当然の事のように思う。
「お前が"遠山絵梨か"と聞かれれば、俺は違うと答える。」
「そうじゃなきゃ困ります。ボーダーともあろうものが、そんな甘ちゃん組織だなんて、私も帰ってきた意味がわからなくなりますから。」
絵梨は少しだけ笑ってみせた。自然で、裏も策略もない、まっさらな気持ちだけで顔を綻ばせる。風間も影響されたのか少しだけ緊張を解くと、辺りの空気が和らぐのが見て取れた。
「……似たような事を言うんだな。」
ようやく絵梨から視線を外した風間が、風を受けてボソリと呟いた。
門も閉じ、基地を出た時と同じ夜空の下、車が近くを通る音を聞きながら、風間は一度玄関から少し顔を出して周囲を見回したのち、「戻るぞ」と絵梨を手招いて再び帰路に着くのだった。