第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
「それは言えません。」
「何故だ。」
「言ってはいけないから、です。」
絵梨は真っ直ぐ答えた。芯のこもった覚悟のある、強い一言。言ってしまえば簡単で簡素で、逃げの言葉のようにも捉えられるが、そんな思惑など一切ないと強く心に訴えかけるようにいう。
「意味がわからんな。それでは答えになっていない。」
「……本当は、別にこんな事明かすのなんて簡単なんですよ。どうでもいい、とまで言っても差し支えありません。でもきっと、これを話して困るのは私だけじゃない。上層部のお偉方も、風間さんもきっと困る。」
冷気を帯びた細い風が、二人の髪をなびかせる。
仄暗い寂れた街並みと、乾いた砂利の音、遠くを走る砂埃。日常のありとあらゆる当たり前の現象が全て遠くで鳴っているような、歪な空間が支配して、それらは今か今かと核心に迫る一言を待ち望んでいるようにも見て取れる。
厚くて重みの含まれた上着越しに伝わるそれらを無意識に感じ取りながら、絵梨はただ真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「それでも知りたいというなら、どちらも困らず、かつ風間さんだけが真相に迫る方法があります。」
「……。」
「当ててみてください。私がどうしてそんな他の隊員に出来ないことをいとも容易くやってのけるのか。
多分ですけど、ヒントならいくらでも転がってますし、これからも私が無意識に差し出すと思います。」
「遊び感覚でそんな勝手ができると本気で思っているのか?」
「遊びじゃないですよ、これは。ボーダーの存命をかけた駆け引きです。そして、私は風間さんが導き出した答えに関して何も言いません。合ってる、間違ってる。惜しい、見当違いだ。何も言いません。風間さんが勝手に予想して、それで終わりですから。」
あるものは、自分自身で自らの地位を危うくさせる絵梨を馬鹿者だと言う。
またあるものは、どう見ても怪しい存在を監視だけつけて放置する組織を異常だと捉える。
二人は形容しがたい歪な関係性を保ちながら、夜の帳に薄っすら浮かぶ暖かな場所へと歩いていく。人肌が恋しくなるほどの冷ややかさと、過去を馳せる温もりを混ぜ合わせた、薄汚れた濁りと共に。