第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
「耐えろ。」
視線をそらさずに風間は言った。
ある意味当然、わざわざ言う必要すらないものだった。
「隠密任務は関係者以外に知られては意味がない。」
「そんな事、言われなくてもわかります。」
絵梨は澄ました顔で、少し反抗的に返事をする。
「貴方なんかよりも、私の方がわかってるに決まってる。」
一瞬、苦しげに瞳をそらして、また前を向いた絵梨の動向を気にしながらも、風間はまだトリオン兵のいる方角を見つめる。
『諏訪隊現着……っと。敵は……捕獲用トリオン兵が1匹だけだな? さっさと片付けるか!』
しばらくして駆けつけたB級部隊とトリオン兵の戦闘音が辺りにこだまする。激しい射撃戦の銃声と、それを防ぐ厚い装甲が厚い鉄を打ち付けたような音を立てながら、寒空の静けさを消していく。
「……。」
「……。」
それとは対照的に、風間と絵梨はただの一つも言葉を発することなく、戦闘を遠巻きに閑静な住宅地の端っこで静かな夜が再び訪れることを待ち続けた。
程なくして銃声が止む。そこから間髪入れずにトリオンの光が粒子となって、上空に吹き上がる様子が風間達にも確認できた。
「終わったみたい……ですね。」
ほっと肩をなでおろす絵梨に、風間はまだだと動きを制した。
「諏訪達があの場から完全に撤収するまではここで待つ。」
「でももう倒したのならすぐに動くでしょう? ここから向かったとしても、あの人達も向かう先は玉狛支部のようだし、ちょうど空いた距離を保ったまま進めば鉢合わせる事も無いと思うんですけど……」
「……倒したトリオン兵の残骸を回収しに本部から応援がくる。それまではまだ動くべきではない。」
風間の生真面目な回答にはいはい、とだらけた返事だけ返して、絵梨は立ち上がった。
「今日はツイてなかった、って事か……はぁ。」
まだ終わっていないものの、この日の出来事は情報量が多く、場面も慌ただしく切り替わり、神経も使う必要のあるものばかりで心身ともに疲弊するばかり。絵梨には今日起こった事すべてがずっしりと背中にのしかかっていると形容しても過言ではないと感じていた。