第9章 知られてはいけない・知ってはいけない
「寒っ」
その呟き通りの酷く寒い夜だった。
夜闇は一層深さを増す。放棄地帯で灯りもなく、辺りは濃厚な影だけで埋め尽くされていた。
「これは……流石に使うべきなのかな。」
いつかの戦闘の爪痕を踏みしめている。呆気なく壊された暖かい生活の残骸が、この地を成立させている事を思うと、足元に散らばる砂利の感触の悪さも大して気にはならなかった。
「基地も出たし、多分大丈夫。知らない土地を歩くのに生身のままなんて、流石に無謀だもんね。」
ひとりでにぽつりぽつりと呟きながら、ポケットから取り出したトリガーを起動させようとした絵梨だったが、思い悩んだ末に再びホルダーをポケットの中に戻した。
「……ちょっと遅かったか。」
さらに小さな声で呟いたのち、振り返る。
「何の用? 風間さん。」
絵梨の後ろに立つ風間はどこか冷ややかな視線を容赦なく突き付ける。
「もう遅い。送っていく。」
「大丈夫。間に合ってますから。」
ポケットに入れたままの手は、まだトリガーホルダーをしっかり握っていた。
黒トリガー強奪の任が解かれたとはいえ、まだあの戦いからそう時間も経ってはいない。どうしても治らない居心地の悪さから逃げ出したくなった絵梨は、一言断ってそこから離れようとした。
「待て。」
けれど風間の手が絵梨の手首を掴んで離さない。
そこで絵梨は、どうして風間がわざわざ帰り道に同行しようとするのか検討がついた。
「……わかりました。じゃあお言葉に甘えて同行してもらいますね。」
真面目な人なんだな、と絵梨は思う。
こんなところでまで警戒を怠らない風間に少し感心しつつ、こちらの思惑を気取られないようにと意識を改めた。