第8章 真逆と決定付けるもの
現在のボーダーの強さを象徴すると言ってもいい、A級上位チームを相手に圧倒し、本部長の意見を支持する隊員も味方につけた事で戦力的優位を確立した迅は、空閑遊真の入隊を求めた。その取引の一環として、現在自身が所持する黒トリガー風刃を本部へと返却するというものだった。
「どうして遊真の入隊に風刃が必要なの?」
「遊真の黒トリガーはまだ未知の部分が多いし、ボーダー内に使える人間がいるとも限らない。その点風刃はA級上位の太刀川さん、風間さんらを派手に蹴散らした実績もあって、尚且つ起動できる隊員が大勢確認されてるから……ってとこかな。」
「お前な……。簡単に言ってるが本当によかったのか?」
「確かにそう簡単に黒トリガーを手放しておいて飄々としていられるなんて……」
「違う。」
口を挟む太刀川に便乗するように問う絵梨だったが、2人の質問は同じように見えて意味合いが違う。
風間が、絵梨が分かっていない部分をすぐさま指摘した。
「風刃は、迅の師である最上さんが作ったものだ。お前がいうところの意味とは違う。」
「え……」
絵梨はすぐさま迅に向き直る。
けれどそんな心配をよそにとても穏やかな表情だった。
「形見を手放したぐらいのことで、最上さんは怒んないよ。むしろ身内のいざこざを止められてホッとしてるだろ。」
その後も談笑を続ける迅と太刀川さん、そして風間さん。
その中に混ざって笑う余裕は絵梨にはなく、ただ話を振られたタイミングで少しだけ喋る人形のようになっていた。
この人達の事を知らない自分
ここの事情を知らない自分
自分の事すら全く分かってない自分が
思い知らされるようで少し怖がっていた。
無言で立ち去った絵梨はそのままとぼとぼと基地の外へ出る。
この日の空は薄い雲が大きなまだら模様のように広がって、部分的に星の光を隠す、少し珍しい冬の空だった。