第1章 Coming Closer
間を開けて彼が話し出す。
「私には……その質問に答える資格はない。本当に……すまない……」
誰の目線で言った言葉なのだろう。シャロンはおろか、ヴィンセント自身にもよくわからない言葉だった。
〈私〉とは? 神羅の社員として、科学者の身内として、一人の男として。彼女の前で自分がどうあればいいのかヴィンセントは苦悩した。シャロンを見ると、やはり腑に落ちない表情のままヴィンセントを見つめている。
なぜ彼が謝るのかわからなくて、シャロンは眉尻を下げて首をかしげ、そのうち俯いた。
「ねぇ、ルクレツィア博士は……。いい人よ……」
ヴィンセントは驚いて顔を上げた。
憎んでいないのか? 辛くないのか? そう問いたくなる気持ちを抑えながら。
「彼女は社会的正義感が強いから……。時に研究欲に負けて間違えてしまうけれど、根はとても真っ直ぐで、気持ちのいい人で……」
ヴィンセントはそれを聞くと安堵した。やはりルクレツィアも鬼ではない。あんな風に言っていたが、シャロンを心配してひそかにここへ通っていたのではないか。
「……話したのか、彼女と……」
「え? ……いいえ、話したことは……。……私きっと、研究者さんたちの噂話で……。ごめんなさい、忘れてください……」
シャロンは顔を隠すようにうつむいてしまった。
彼女はルクレツィアと話したことがないと言った、しかしルクレツィアのことをよく知っているような言い方であったし、実際、被験前の記憶を無くすまでには面識があっただろうから、彼女は記憶の全てが完全に失われているわけではない。もしくは、回復傾向にあるのだろう。
漠然と考えながらヴィンセントがシャロンを見ていると、それに気付いたシャロンは口をすぼめて更に困り顔になってしまう。この愛らしい仕草は、彼女が被験者であることを少しばかり忘れさせる。
「君は本当は……。君の本当の居場所は……何処にあるのだろうな……」
本当の居場所。少なくともここではないのだということを認識させる言葉だ。
されるがままここで生かされることを受け入れて、すっかりこの場所に当てはまっていた彼女にとって、本当の居場所という言葉は少々残酷だった。