第10章 叙情詩
出会った頃の情景を思い出す。再会と別れを繰り返してきた彼女を彼は諦められなかった。
『月……綺麗ね』
『ヴィンセントはヴィンセントだもの。どんな姿になっても』
ありのままの自分を承認してもらえることの喜びを彼は知った。彼女の無垢な言葉はいつでも彼の心を癒していた。
『私にとっては、あなたが生きていてくれることが至上の幸福なのよ』
『私は、あなたを精一杯守るから……』
『覚えていて。あなたの側には、あなたが赦されるためならなんだってできる女がいることを』
彼女に関する記憶が走馬灯のように流れる。
「赦される……か……」
彼女の残した言葉の中で、もっとも気がかりな台詞だった。なんだってできる、その危うい決意と、赦されるという不確かな条件。
「側にいれば君を守れると思っていたが……、そんなものは口実でしかなかった。本当に守られていたのは、私の方だった……」
とうに忘れていた喪失感が蘇る。
彼女のいない世界とは、なんと寂しいものだろうか。
「こんなことに今更気づくとはな……。シャロン……。まだ、終わっていない……。私は必ず君を取り戻す。そして、今度こそ、君に……」
ヴィンセントの身体を熱い血が巡る。
そしてシャロンの結晶は徐々に輝きを弱め、ヴィンセントの呟きと共に光を失った。
ヴィンセントとシャロンの邂逅譚はこれで終幕を迎える。
そして2年後、物語は再び動き出す。
いばらの涙 ーー完ーー