第1章 Coming Closer
「本当の貴女は……そのような言葉は言わないはずだ……」
「本当のって何よ? あなた私の何を知っているって言うの? 私だって道を見失う事もあるわ。でもその度あなたが……ううん、もう、いい。この話はもうやめましょ」
そしてルクレツィアの声はヒールの音を残して途切れた。しばらくした後、もう一つの靴音が鳴る。
「ヴィンセント」
シャロンが呼び止めると、足音は止まり、そして近づいてくる。カチリと音がして扉の小窓が開けられると、赤い瞳が覗く。
「シャロン」
名前を呼ぶ彼はバツの悪そうな顔をしていた。
なぜ、そんな表情をしているのか、シャロンにはよくわからなかった。ただ彼の視線が何処か遠くを向いていて彼女を不安にさせた。
少ししてようやくヴィンセントの目がシャロンの姿を捉えると、彼の中に罪悪感という感情が大きく膨らんだ。
「……シャロン……」
「はい……」
「すまない……。傷付いただろう。……君が被検者だなどと……」
「そんなこと。事実ですから……」
確かに彼らの会話はショッキングな内容だった。しかし、自分の事とは思えないほどのあまりにスケールの大きな話で現実味が感じられず、悲哀の感情が麻痺しているようだった。
彼女にとっては、そんなことよりもヴィンセントの苦しみの表情が気がかりだった。
心配そうに見つめるシャロンの純粋な瞳は、ヴィンセントをより一層傷付ける。
何故こんなにも愛らしい彼女が、このような運命に巻き込まれなければならなかったのだろうか。ヴィンセントは過去のあらゆる可能性を模索して自分を追い詰めた。
「ヴィンセント……。どうしてそんな顔をしているの……?」
シャロンが不安げに顔を覗き込む。彼女に"そんな顔"などと言われるほどひどい顔をしているのかとヴィンセントは少し自虐的に笑いながら、しかし答えられずにいた。ヴィンセントにとって実に答え辛い質問だからだ。
好きな女性に冷たくされて? 君の運命を悲観して?
まさかそんなことを言うわけにはいかない。もし言えば、彼女は自分を傷付けるだろう。ヴィンセントはなんとなく、彼女が自分と似て自虐的になりがちな人であることを感じ取っていた。
私はどうしたらいい……? ヴィンセントは自問したが、後悔の念が募るばかりでそこから前進できずにいた。